両親の郷土の人から声を掛けられた!

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去る5日(土)、弟子に会食をと誘い、近所のレストランへ!

混んでいたので、待合場で待ちながらつれづれに会話していました。

会話の中で、奄美民謡教室での出来事、某大学の栄誉教授の六調の踊り(教授はアマミダンスと呼称)、バースデーメッセージDVD収録に触れた話題が切っ掛けで声を掛けられたのです。

その方は喜界島の出身、私の叔母は早町中学校で戦後間もない同じ時期教員をしていました。その経緯の会話で、「早町中学校」のことばを聞き、「あなたは喜界島の方」と聞かれたのです。

私は予想もしていなかったので、「えっ!」驚き、「両親が喜界島の出身」と答えると、「どちらの部落」と矢継ぎ早に質問されて、「小野津と」返し、「父は前金久、母は神宮」と話しました。

そして、すぐに「私は小野津、前金久」と話すので、同じですねと返答しました。亡くなった母の叔父の名前も知っており、名は○○ですと言うのです。

その姓には聞き覚えがあり、両親の知り合いの名を告げるとその方、私の遠い親戚と言うのです。

こんな場所で、偶然知り得た事に驚き、そんな偶然を楽しみました。

 

名刺がありましたので、11月には奄美民謡の発表会がありますから、是非ご一報ください。

動員の割り当てもありますので、その時は入場券をお送りしますと、名刺を渡しつつお別れをしました。

その方が言うには、この近辺には喜界島出身の方が結構いると説明を

受けました。

 

父母は戦前に上京して私はこちらで生まれましたが、戦後も同じように島から出て来る人が大勢いるんだなと思いました。

父母の時代は、離島の為に暮らしが不便なために本土へ来て生計を立てるのが通常でしたが、産業も少ない島、仕事を得るためには本土へ行くのは今も変わってはいないようです。

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