先輩が呉れた・大本教『祝詞の解説』

去る6月10日、先輩が主宰する「日本ミャンマー合気会」の通常総会に初めて参加する事に!

協力の意味で毎年年会費を払っているので案内があり、岩間の合気修練道場にも最近は行っていないので、久しぶりに行く事にしました。

駅舎が新しくなり、道路も整備されてすっかり駅の周りは様変わり。

たまたま入った喫茶室の店主が7年前に出来たと言っていた。

やはり被害(東日本大震災)に遭ったのかな!?

そして、開祖植芝盛平翁の銅像も、40年ほど前から大勢の外国人が合気道の修行のため訪れていた岩間、そんな意味では広く世界に知られた場所。

私が大学の合気道部に入った頃は、日本でもまだそんなに知られていなかった武道、50年以上たった今、イタリアのコロンナータという田舎までに道場ができる時代となり、大いにその普及には驚かされます。

そして駅前からまっすぐ整備された道を約800m進むと合気神社、右に曲がると今は改名して合気会茨城支部道場があります。

そして、係の人に総会出席のことを告げると、あの食堂へと案内してくれました。

あの頃、弟子達仲間の談笑の場でした。

懐かしいです。

昼食後、総会が始まり、議案を討議しながら進行し、本年度の活動方針を確認して終了、NPOになって16年、その前からの活動を入れると20年以上の歴史があります。

継続していることが素晴らしい事と思います。

今では師範として静岡で指導している合気道部後輩の弟子も参加しており、会活動の広がりを感じました。

更なる活動には資金を多く集める必要もあるようです。

そんな懇談をしている中で、私が合気道の理解を深めるためにと、言霊学、神道、古事記など勉強をしている告げると、呉れたのがこの本。

開祖が大正時代、合気道の礎となる植芝塾の修業、並びに理念は大本教、出口王仁三郎師に師事したことに大きく影響されている。

その影響で、合気道修行に、祝詞を奏上する事が慣例ともなっている。

そのため先輩が持っていたのでしょう!

勉強しろとの思いと受け止め、拝受した次第。

翌日、

パラパラと捲って目にしたページに、

感謝祈願詞(みやびのことば)の解説をしている記述の後半部分に出てきた言葉、「天の数歌」

・・・一(ひ)霊四(と)魂、八力(ふた)、三元(み)、世(よ)、出(いつ)、燃(むゆ)、地成(なな)、弥(や)、凝(ここの)、足(たり)、諸(もも)、血(ち)、夜出(よろず)・・・の字解を見ると次のような解説。

一(ひ)霊四(と)魂の例だと、「ひ」は霊妙なものという意味で、霊のことであり、「と」は結び定めるとか、産み出すとかいう意味である。要するにここでは大元霊の一霊四魂の意味である。

「ひ」「と」に込められた意味、意義の解釈から実体を示す過程が、

30数年前に入手した「コトバの原典」のやまとことば形成と同じような説明なのです。

例えば、「・・・仲、情け、習う、並ぶ、狎(な)れ、慣れる、成るなどの、ナ語を主格にした私たちのコトバは、みな相手を必要とするコトバである。鳥が鳴くのは異性へのプロポーズであり、また他に対する縄張りの宣言である。鐘を鳴らすのは不特定多数への伝達であろう。・・・」

この本の冒頭に、50音図があり、それぞれ50音の基語の性質を説明しています。

基語が「ナ」は「成、交換融合」示し、前述の例でいえば「なる」働きを説明しています。

大本教における字解と同様に言葉からその実体を意味する「コトバ」の使い方の説明になっている。

基語として、解釈は違いがありますが、意義の捉え方、方法は同じだと言えます。

開祖植芝盛平が記した、「合気神髄」では「天の数歌」で示された”大元霊の一霊四魂”に”三元八力”を付けて、次のように記述しています。

万有万神の条理を明示する神示の章で、

「一霊四魂三元八力の大元霊が一つなる大神の御姿である。・・・中略・・・そこで、はじめ湯気、煙、霧よりも微細なる神明の気を放射して円形の圏を描き、ポチを包みて、始めて「ス」の言霊が生まれた。これが宇宙の最初、霊界の初めであります。そこで宇内は、自然と呼吸を始めた。神典には、数百億年の昔とあります。そして常住(すみきり)すみきらいつつすなわち一杯呼吸しつつ成長してゆく、ゆくにしたがって声が出たのである。言霊(ことだま)が始まったのである。キリストが「太初に言葉ありき」といったその言葉がそれで、その言霊がスであります。それが言霊の始まりである。・・・」

ここまでの記述で、

合氣道開祖植芝盛平翁の合気道の理念と大本教「祝詞の解説」に出てきた文章から、合気道の理念が大本教に拠るところが大きいと認識しました。

更に、「コトバの原典」示された、事=言との見解から、コトバの持つ力、その意義の背景には、数千年に亘って伝えられてきた神話「記紀」が基底にある事と思いました。

やはり、日本民族の特性として精神文化の基底には神道があるものと思います。

日本人のナショナリティーがそこにある事を、マッカーサは見抜き、戦後、それを知らしめる教育・訓育する制度を排除させた意味、日本精神の弱体化の意図を再認識しました。

 

 

 

 

 

コメントが 2件あります

  1. 小ハセガワさんより2018年7月10日12:11 PM

    大変ご無沙汰しております。
    小ハセガワです。

    先日行われました、基礎講習会後の宴の席での話ですが、「総会の際、上野先輩がお見えになって、I先生がとても嬉しそうにされていた」と伺いました。
    かなり?お酒の方も、すすんだご様子との事でした。

    私は、今年の合宿・総会は参加できませんでしたが、講習会、並びに基礎講習会の方は、極力参加及び、お手伝いをさせて頂く様にしております。

    また、再会できました際には、色々と合気道談義等させて頂ければと存じます。

    それでは、失礼致します。

    • 有限会社フジックス 上野2018年7月10日2:39 PM

      コメント有難うございます。
      総会の案内が来るので「いつかは?」と思いつつ、振りかえると15、6年ぶりの岩間訪問になりました。
      駅前はすっかり変わり、昔の面影を探すのに一苦労しました。
      駅前には大先生に銅像が、合気道発祥の地としてふさわしいね!
      合気神社までは一本道、小雨降る中道場に。
      看板も合気修練道場から支部道場に。
      しかし、あの空間、私が稽古していいた頃とはほとんど変わっていません。ただ便所が綺麗になっていた。
      そして、食堂で先輩と久しぶりの再会です。
      いいもんですね、出会って53年の月日は流れていますが、合気道で繋がり、すぎた時間を感じさせない会話でした。
      私、大先生の言霊のお話に興味を持ち続けて、研究とまではいかないが調べているとお話したら、呉れたのが「祝詞の解説」、
      今まで調べていた事が、読むことで整理ができたのが嬉しかったですね!
      今さらながら、当時まだ普及されていなかった武道でしたが選んでよかったと思っています。
      開祖植芝盛平翁の興した「合気道」様々な角度から取り組める懐の深い武道と理解が出来た自分がいます。
      ※ 追記
      お酒は確かに進んでいたようです。
      たしか、女性の理事さんに介添されて帰りました。
      あの頃の稽古仲間も立派な指導者になっている方もいるので、会うために伺おうと考えています。

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