団結心と勇気・・・は何処へ!

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タイトルの言葉の基は、幼い頃(小学校低学年?)ある大人から聞いた言葉でした。
「坊や!マッカーサーは日本人の勇気と団結心を恐れ、占領政策で弱めようとしている。」この言葉が今でも忘れられず、脳裡に焼き付いています。
何なんでその言葉が子供の私に印象的だったのか?
敗戦の余韻が残る時代が影響してるのでしょうか!?

どんな思いで、私に話したかと考えると、あの頃はアメリカに占領されGHQが日本を統治していた時代で、まだ戦前を生き抜いた大人たちから見ると、日本を貶めるようにと推し進める占領政策と思えたのでしょう。
しかし、その頃の私にはどんな事かは具体的には知るはずもありません。
当時の認識で分かること、戦争して負けた事、戦前の学校の皇室行事が廃止された事(親が教えてくれたのだと思う)、家々で日の丸掲揚がされなくなった事、「修身」という教育がなくなった位だと思います。

当時住んでいた家(飯田町)の前が目白通り、皇居に近い地理的条件から昭和天皇陛下が通られる機会が度々ありました。その様な折、町内に天皇陛下がお通りになるとの連絡が入り、その知らせを受けて通りに出て待っていると御料車に乗った陛下を何度かお見掛けした経験が、皇室は何なのかとは認識していました。
そんな折、天皇陛下が沿道に一人で立つ私を見つけ、手を上げて挨拶して呉れたことが強く天皇陛下を印象付ける結果となりました。
それ以来立派なお人と思うようになりました。
そして当時昭和天皇陛下が各地をご巡幸される様子は、ニュース映画(当時は映画館でニュースとして上映)でたびたび見る機会があり、国民にとても愛されている方と認識していたのです。

中学生になると社会科で戦後国家体制が大きく変わったと教えられた事柄で記憶にあるのが、華族制度廃止、財閥の解体があり、治安維持法の廃止、婦人に参政権が与えられたこと、教育は国が統制をしないことなどが思い出されます。
今でも教科書の記述でもめるのもその影響かと!?

それが戦後どのような影響を与えてたかとの結果は戦後74年たった今振り返ると、是非はともかく私自身が悪影響として表れたのが教育面と感じています。

特に冒頭にあげた国としての団結心に悪影響が顕著に出ているように思え、
また国民が国をどう思うか、愛国心に如実に表れている様な気がします。

私が若いころは「愛国心」=「軍国主義」とリンクされて、戦後間もないころは口に出すこと自体が憚れるような風潮もあったと記憶しています。

もう一つの言葉に「大和魂」がありました。これなどは、戦前は日本精神として日本人の心得として大切な事と認識されていました。それが敗戦により、良くないものと言われた時期もあるようです。
国旗掲揚、国歌斉唱など国としてまとめ上げる象徴・シンボルへの思いが、国として大事なことなのに他国に比べ稀薄です。
式典などには国歌斉唱など他国では当然のように行われるのに、卒業式では歌わないが大学などがあるとか?

大和魂、別な言い方に大和心があります。
合氣道家である望月稔氏は自身の著書「技法日本伝柔術」に次のように記していました。
「・・・これは『やまとこころ』と読むのが普通であるが、『いやあまたこころ』の転化である。それを今様にいうならば最大多数者の共通的善意識ということになる。いあやまた(非常に、多くの人人の)心(真心)である。この『大和心』―――いやあまた人の共感としての真心―――これこそが日本精神文化の華たる『武士道』なのである。・・・」

40年ほど前にこの文章を目にした時、「大和魂」を勇猛果敢な敢闘精神と理解したことが誤解だったと知らされたのです。
のちに(今から10数年前)小学校の恩師に、戦後なぜ、「修身教育が廃止されたのですか?」と尋ねた時言下に「マッカーサーが『大和魂』を貶めるため」と話された時、やはり私の誤解と納得した経験もありました.

※それを今様にいうならば最大多数者の共通的善意識ということになる。
これが当時の日本人の一般的な認識だったのでしょう!

このあたりが戦前戦後の生まれの違いかな!

そうでした、「武士道」なる言葉も封建的と忌避される雰囲気がありましたが、
今では、サムライ魂と
呼び、時代とともに偏見は消えた様です。
逆に、「居合道」が海外では盛んなようで、武士の魂と言われる日本刀にあこがれる外国人が増えている状況です。残念ながら使う日本刀似て非なる韓国、中国製がほとんどとか?

 

「勇気」=広辞苑に拠れば、「勇ましい意気、物に恐れない気概」とあります。
これとて、戦う時の局面だけでなく、判断力の一助として必要な心性です。

マッカーサーが団結心・勇気に恐れを抱くに至ったのは、彼自身の戦争体験によるものと考えられます。
島国である小国の日本がこれほど手強いものとは思っていなかったのでしょう。

がしかし、国として体を成すためには国民が自覚しなければならない心性だと思うのです。

かの国、人種の寄せ集まり、多民族国家であるアメリカはその必要性は十分に認識していればこそ、「忠誠の誓い」を宣誓させるのです。

今の日本、人手不足により外国人労働者を受け入れる法案つくり、多民族国家?へと一歩踏み出しました。歴史的に見てその判断が是か非かこれからの問題ですが、今までのような日本人の特徴である「事なかれ主義」(これとても何代も続いて同じ土地に住む必要性から生まれた心性、事を荒立てない配慮と思う)は通用しなくるし、日本の社会慣習に従うようにとはっきりと言える勇気も必要となります。

だからこそ、この国で働くには文化、精神、慣習を尊重するようにと働きかける必要を感じます。
それは一に日本人が自覚しないといけないと思います!?

それをこれからは求められる時代へと変化して行くのではないでしょうか?
でないと、地域社会、国家の乱れにつなが?るような気がします。

大きな変革期に差し掛かっている日本!

 

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