少年法について

青少年犯罪が起こる度、刑罰が甘いと非難される法律ですが、私の記憶では戦後、親を失った戦災孤児が犯罪に手を染めるケースが多くなり更生の道をつけて社会復帰ができるようにと改正されたと。

確かに、戦後の混乱期食糧不足も有り、頼る親もいない孤児、生き延びるために食料を盗んだりと犯罪に陥りやすい状況だったことは想像できます。

そんな青少年を救う事を趣旨にしたために「甘い」刑罰で済ませる配慮があったように思えます。

都市部では「浮浪児」と言う呼称が使われていました。

 

地方ではまだ食料は手にれやすいので亡くなったオヤジはよく東上線で買出しに行ったと言っていました。

成増あたりになるのでしょうか。

確か物々交換、お百姓に見透かされ安く取られたと思い出話をしていた事がありました。

親が言っていましたが、食糧不足で姉と私にかぼちゃをよく食べさせたそうです。

そのため、かぼちゃの色素が肌に出て黄色く変色したと聞いたことがあります。

両親が健在でなんとか食料が手に入れることができたからよかったものの、母親一人であったら「警察日記」で観たように捨子をされたかもしれません。

感謝、感謝です。

 

買出しについての記述、ネット記事から引用。

「ふつうはやや大量に品物を買いに行くことだが、買出しが風俗を形成したのは,第2次世界大戦末期から敗戦直後の3年間ほどだった。1943年ころから戦時の諸統制がいっそう厳しくなって、配給の食品以外は東京、大阪などの大都市では入手しにくくなった。統制をくぐってこっそりとやみ商人が売る食品は高価で庶民大衆は買いきれなかった。そこで、農村地域へ出向いて、農家へ直接買いに行った。リュックサックを背に大都市居住者の多くが買出しに行くと、帰路を待ちうけて警察は駅や列車内で一斉取締りをして統制品を没収した。・・・ 」

この記述を読んで思い出したこと、以前T氏が話してくれたことです。

確か場所は上野駅、母に手を引かれた子供、背負っている赤ちゃんの親子連れ、警官が呼び止めて荷物を取締、買出しをして求めた食料を没収。

それを目撃したT氏は憤慨したそうです。

情があっていいだろう、子供に食べさせるために必死で手に入れたものをと。

警官も仕事でやることですが、無慈悲に写ったのでしょう。

法曹界に身を置く方が遵守して飢えで死んだ事件も記憶にあります。

私が社会人になっていた頃も お米の配給制度は残っていたと思います。

お米の通帳を必要としていたと記憶にあります。

 

終戦の頃、浮浪児だった子供も今では70歳を越え今に至っています。

時は流れ、現在の青少年、生きていく上では食料不足もなく飢えの心配はない社会になっているにもかかわらず犯罪が無くならないのです。

犯罪の動機も異質なものに変わってきました。

「旧少年法(大正11年法律42号)の下では少年の定義は18歳未満(第一条)、死刑適用限界年齢は16歳以上(第七条)[注 ][1]いずれも2歳低かった。また、戦時中は戦時刑事特別法があり、たとえ少年法に当てはめれば少年であっても裁判上は少年扱いせずに裁く事も可能だった。現行少年法は昭和23年、CHGの指導の下、米国シカゴの少年犯罪法を模範として制定された。当時は第二次大戦後の混乱期であり、食料が不足する中、孤児などが生きていくために窃盗や強盗などをする少年が激増し、また成人の犯罪に巻き込まれる事案も多く、これらの非行少年を保護し、再教育するために制定されたものであって、少年事件の解明や、犯人に刑罰を加えることを目的としたものではなかった[2]。少年法等の一部を改正する法律(平成19年法律68号)が施行される2007年11月1日以前は、少年院送致の対象年齢は14歳以上とされていた。少年犯罪の凶悪化や低年齢化に伴い、少年院送致の対象年齢を「おおむね12歳以上」に引き下げる 少年法等の一部を改正する法律案 は自民党・公明党の賛成によって可決成立した。同法案に対し、日本弁護士連合会や自由法曹団などは反対していた。」出典:ウィキペディア。

 

この記述に、

> 現行少年法は昭和23年、CHGの指導の下、米国シカゴの少年犯罪法を模範として制定された。当時は第二次大戦後の混乱期であり、食料が不足する中、孤児などが生きていくために窃盗や強盗などをする少年が激増し、また成人の犯罪に巻き込まれる事案も多く

とありますが当時の時代背景を考慮し少年法を改正しています。

これほど少年犯罪が増えている昨今、当時とは大きく様変わりしている現状を鑑みれば、時代に即した少年法に改正すべきではないでしょうか。

大津市の中2の自殺した男子生徒、イジメの切っ掛けが3人の加害者が「姉を強姦したいからと」の申し出を断ったことから起きたともネットのニュースで報じられていました。

中2でこのような思いを持つこと、色気付く時期ですが私の感覚ではちょっと信じられません。

戦後の浮浪児とは全く違う動機です。

犯罪の抑制という意味から改正は直ちに行うことは正当に思えるのです。

大津市のイジメ犯罪、県警が捜査して事実解明していますが「クロ」となって現行少年法で犯人が守られるようであれば世間で議論沸騰することは間違いないでしょう。

 

 

コメントが 2件あります

  1. シンさんより2012年7月19日7:13 PM

    こんばんは。
    「組織は最高権力者の姿になる」ようですが、大津市中学校虐め自殺事件で、教育委員会や校長の応対を見ると、歪んだ体質、隠蔽体質、責任回避、手抜きなど、挙げれば切りが無いほど酷い印象で、被害者の学校は正にその姿になっていると感じます。
    社長がこのような問題に黙っているわけがありませんね。
    酷いのはこの中学校だけではなく、全世界の、国家や企業、団体、家庭等、あらゆる組織に該当します。大多数を占める一般大衆(普通の人)の意見を聞けない権力者が現われたら滅びる方へ向かっていると思います。歪んだ人同士の世界は別として。
    「問題の解決は大元から」と言いますが、社長の言うように道徳教育からだと思います。

  2. 上野2012年7月20日10:46 AM

    おはようございます。
    コメント、有難う。
    >教育委員会や校長の応対を見ると、歪んだ体質、隠蔽体質、責任回避、手抜きなど、挙げれば切りが無いほど酷い印象、
    と綴られていますが、確かにその通りと思います。
    印象と言えば、面構えです。記者会見の映像を見て最初に感じたことですが、
    教職に身を置く人とは思えない面構え。
    特に眼付き、腐った鰯の目のような印象を持ちました。
    言いすぎかもしれませんが。
    眼は心の窓とは言い得ています。
    顔は人となりを写す典型的な例でしょうか。
    県警が動いたのは、世論の高まりを無視できなかったのでしょう。
    それとインターネットの普及、15、6年前に比べれば格段にちがいます。
    情報網の拡大、伝播速度が顕著に出ています。
    ネットで加害者少年等の実名が流れ反響を呼んでいるようですが、是非は別として「許すまじ」との思いの表れでしょうね。
    少年とは言え、凶暴な暴力を振るい自殺に追い込んだこと許すなと世論が高まり、
    少年法改正が国民の間で望まれているようです。
    戦後、時代背景を鑑み改正されたように、改正するのが妥当だと感じます。
    戦後教育「自由・平等の履き違え」のまま来てしまったのがこの結果です。
    学校教育、教育行政にも改革が必要なのでは。
    何年前、小学校の先生が言われたお言葉を紹介します。
    「今の先生は、自ら品格を貶め生徒に対し友達感覚で接していますが、本当は訓育といって知識を教えるだけでなく、教師の人格が反映されなければ教育になりません。知識を教えるだけなら本を読むだけで済む話、従って、先生は人格を磨くことを忘れてはいけないの。今の先生、教育事務屋になっています。」と。
    まずは先生方に見習って欲しいものです。

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