英国鉄道の歴史を観る。

BS放送に「英国鉄道の歴史」という番組がありました。

子供の頃に、蒸気機関車を発明した人がジョージ・スチーブンソンと教わったこともあり、それ以上の知識は有りませんが鉄道がどんな発展をして現在に至っているか知りたい気持ちも起こり観てみました。

調べると、最初に蒸気機関車を発明したのは彼でなくジョージ・トレビシックという方、1804年の時です。

スチーブンソンの印象が強いのは鉄道技師としても活躍したのでそんな伝わり方がしたのでしょう。

 

鉄道草創期、英国は無秩序に鉄道が敷設され、鉄道事業が6つほどになっていたましたが次第に統合されたようです。

プレストンの町の駅舎は素晴らしい建築物でディテイルな装飾も施され当時の発展を物語っています。

第一次、第二次大戦時、兵士の別れの場として情感漂う場所にもなったところと説明がありました。

この町、穏やかな商業都市だったのが綿産業の勃興、発展で様子が一変し俄か成金が出てきたために紳士の町でなくなったと嘆いたのが、トーマス・ウィンクリーという人、嫌気がさして町を出たそうです。

敵対心が生まれたのでしょうが自分が買いたいと思うものを買い取られてしまうなどがあったことも。

 

そんなエピーソードが紹介された後、レポーターが機関車の運転に挑戦します。プレストンドック引込み線で行います。

その機関車、1950年代に活躍したもの、重量が48トン蒸気ブレーキ、ギヤの操作を教えてもらい、運転です。発車のサインとして汽笛をならします。

19世紀マンチェスターにも鉄道が出来ます。それに伴い綿産業都市として発展します。

産業革命といわれる時代、綿の織機械も発明されて綿産業が発展して行ったのでしょう。イギリスの全盛期かもしれません。

1830年、世界最古のリバプール駅舎にが作られます。

1826年には、商業鉄道が営業されて、一等用、二等用に分かれていて駅も入り口は別にして扱ったそうです。

貨物から客車へと鉄道利用の変化が旅への魅力を教えます。

 

リバプール、マンチェスター間、60キロの鉄道敷設されます。しかし湿地帯がそれを困難にするのですが、建設を引き受けたジョージ・スチーブンソンはかんじきの仕組みを応用し、小枝を敷きその上に土砂を撒いて敷設します。

この頃、蒸気機関車の技術革新も速く、数ヶ月間で古くなるくらいだったそうで、この時期作られた機関車、ヨーロッパ、北アメリカと輸出されたそうです。西部劇に登場していた機関車、アメリカ大陸横断の機関車もイギリス製だったのかも知れませんね。スチーブンソン親子が作った「ロケット号」の構造がその後現在まで引き継がれているそうです。

 

鉄道事故も起こります。

大物政治家が、機関車に跳ねられ膝から下を切断、スチーブンソン自身が運転していたのです。

通常30キロの速度、その政治家を助けるために列車に乗せて猛スピードで走ります。

出た最高速度が56キロ、当時としては最高の速度が出たそうです。

大物政治家ハッキンソンは事故で死亡してしまうのですが、それでも鉄道熱は冷めず、1840年鉄道網は一気に拡大していきます。

ランカシャーにも鉄道を敷設することになります。

鉄道のおかげで、農民、労働者はリゾート地ブラックプールで休暇を楽しめるようになります。

番組を見ていると、移動手段としての有効性を人々が感じてきて、ますます鉄道建設が進んだようです。

 

ヨークシャーにも鉄道が出来ます。

そのために鉄道トンネルを作らなければならず、1794年に作られた運河トンネルを利用してペニー山脈地下200mにトンネルを掘りますがその運河トンネルの上に鉄道トンネルは位置します。そのおかげで、3年間で工事は終わり、犠牲者は9人で済んだのですが、運河トンネルの工事の際は17年間を要し、50人の犠牲者が出ています。当時はトンネル工事は危険な作業だったようです。掘るために黒色火薬を使うのですが、黒煙がでて換気作業に苦労したそうです。

このトンネルは最初の鉄道トンネルで1849年に、運河トンネルを利用したことで、建設費用も20万ポンド以下ですみ、犠牲者も少数で済んだのです。

このトンネルのお陰で、3、4時間かっていた道程が数分で通れるようになりました。

 

鉄道が発展してくると、それに伴い商売が起こります。

機関車、水、燃料を補給する間、乗客は降りて手足を伸ばしたりして気分転換をはかる間を利用して熱いスープを売る商売が出来て、乗客は熱いスープを買い求めますが熱いので飲みきれません。

時間が無くなり、飲めずに戻してしまうのです。その余ったスープをまた乗客に売りつけて大儲けしたエピソードを語っていました。どの国にも小賢しい商売人がいるものです。

今ではマスコミが大騒ぎするようなネタですね。

駅が増えてくるとホテルのチェーンが出来て宿泊、食事などのサービスが向上します。

食事代数シリングで安く提供されたと。

これだけ鉄道事業が拡大してくると、儲けるために建設費用を下げる様にとの機運がおこります。

鉄道技師でもあったスチーブンソン、鉄橋を作るのに安い鋳鉄に目をつけ採用するのですが、もろいために崩落事故が起こり5人が死亡。原因は設計ミスでした。

 

そんな状況でも、民衆は鉄道旅行に熱中していくのです。

イギリス、グローバル化が進んだビクトリア時代、19世紀はイギリスそのものでした。

鉄道という乗り物が出来て200年、今でもさまざまな乗り物がうまれ移動手段が進歩しています。

このイギリスの鉄道発展の歴史を観ると、人類は移動手段をさらに発展させて、今後は宇宙へ行くことを目指し、次の段階は宇宙旅行なのでしょう。

火星旅行も夢ではありません。

 

 

 

 

 

 

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