靖国神社、徒然なるままに。

昭和20年8月15日、今年で79回目をむかえる。
毎年この時期になると話題になるのが政治家の参拝問題、メディアは判で押したように保守系の政治家に参拝するしないと質問するのが恒例となっている。
メディア、テレビ、新聞記者の質問が繰り返される。
彼らとて同じ日本人(?)だろうに、維新以来、戦争に出征し命をささげた英霊、彼らの犠牲の上に国が存続できていることの感謝に意を表す場として建立されている。
国の運営を担う政治家が参拝し感謝する行為は当たり前なのにここま歪んででしまっているところはメディア、テレビ、新聞の偏向した報道が原因と思います。
戦後の流行で進歩的文化人が生まれ出て、日本を貶める思想、考えを尤もらしく意見を述べたことのその一因でしょう。

 

ネットフリックスで見たアメリカ映画の一場面、彼女が彼氏にこの方は「退役軍人」と紹介すると彼は「国への貢献に感謝します」と謝意の述べます。日常的に行われていると感じた場面でした。
翻って、日本の場合日清、日露戦争以降各地に建立された彰忠碑、出兵した兵士に対しての鎮魂碑として当時の日本人は戦役を果たした人達に対して崇敬していたのが敗戦で180度変わってしまった。
自分たち国民で大東亜戦争の総括をせず、占領軍の茶番の東京裁判史観を受け入れた結果でしょう。
今でもメディアがA級戦犯の言葉を用いるのがいい例でしょう。
「敗戦記念日」とせず「終戦記念日」としたことに引っ掛かりを感じていたのですが、
最近、YouTubeで石原慎太郎の発言で理解しました。
占領軍が上手くレトリックで言い換えたと言っていました。
私なりの考えでは占領軍の懐柔策と思えます。
屈辱的は「敗戦」を使わずに。

今でも小学校の恩師の言葉が耳に残っています。
「敗戦するという事はこんなにも国を変えてしまうのですね」。
恩師、師範学校で敗戦を迎えた先生、占領軍の教育改革(改悪)を目の当たりにした経験がそう言わしめたのでしょう。
恩師、姉上も教師だそうで共々、当時「心の教育」がなくなることを憂いたそうです。
「心が乱れる」と。

一番の乱れとして挙げられるのは「公(国)に尽くす」教育がなく、戦後の教育を受けた国民は国の伝統文化の意義を喪失した。
そのため、国民自身に国家観がない。
従い、安易に多様性と言いつつ外国人を受け入れ、国民の安寧な生活環境を壊している。
「郷に入れば郷に従う」「日本国の忠誠」と誓約書をとり従わなければ強制送還する毅然な態度で接しないと国は壊れてしまう。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。

スタッフ募集中です

過去の社長ブログ

最近のコメント


→社長ブログを見る

follow us in feedly   RSS