茂木健一氏のこの言葉に納得です。
「日本のお笑いは精神年齢の設定が幼い。社会の問題について、大人としてメタ認知を提供するという気概もインテリジェンスもない」と切り込んだ。」

テレビで観るお笑い芸人の芸は、ただ笑いをとる事だけに終始してエスプリの利いた所作、言葉がなく滑稽さだけの芸となっているのを「幼い」と評しているのでしょうか?
芸の背景に、人生観・人生哲学などちょっと考えさせるエンターテイメントがあればと言っているのでしょう。
インテリジェンスがないというのは芸人の質を問うている事だと思います。
あのコメディアン、チャーリー・チャップリンが映画で演じたエンタメと比較しての事なのでしょうか?

見出しに使われた言葉「バカの壁」は確か、養老孟司氏の著書です。
ネット調べると次のような記事が、
「バカの壁」とは、「自分が知りたくない情報を自ら遮断すること」です。自ら遮断した時、その人の頭の中では、「偽のわかっている状態」です。本当の意味で理解できていないのに、「授業を受けたから」「勉強したから」という理由で、わかっていると解釈してしまうのです。ネット記事より。
との一文が、「知りたくない情報を自ら遮断」とありますが、思考を止めてしまい自分で壁を作り、外には出ず自分の価値感だけに留まる行為を指しているのでしょう。
頭脳の使い方としては、思索をしないと「バカ」になるとの注意をしているのだと思います。

更に続けて、
「本当の意味での理解」とは、実際その立場になり、体験しない限り理解したことにはなりません。科学やTVの報道など、「客観的事実」を盲目的に信じることが、バカの壁をつくり出し、本当の意味での理解を阻害するのです。
「妊娠、出産」を例に取れば、男性と女性では受け止め方がまるで違います。女性は将来自分の身に直接関係するものだから、熱心に理解に努めます。男性は逆で、自分に直接的には関係ないので、熱心に受け止めようとしません。このことから立場によって、理解と姿勢が違うことがわかります。」ネット記事より。

次の一文が気にりました。
科学やTVの報道など、「客観的事実」を盲目的に信じることが、バカの壁をつくり出し、本当の意味での理解を阻害するのです。
ある時期まで、マスメディアも「客観的事実」として受けいれらた時代がありました。そんな流れを気付かずに盲目的に信じる信じる人々がいることを心配しての発言かと思います。
しかし、インターネット社会となり、それが疑わしい事と知り得る機会を個々に持てる時代と変わり、マスメディアの信頼性が揺らぎ、信用に値するものではないのではと個々に斟酌できる時代になっています。
脳科学者茂木健一郎氏が言うような憂慮が確かにあります。
がしかし、戦後テレビなどのマスメディアで形作られた体制は壊れ、電波を独占できた時代は終焉し、電波オークションにより様々な情報がより提供され、個々に思考、思索する体制が生まれてくるのではないでしょうか?