脳科学者の茂木健一郎氏(60)が21日、ツイッターを更新。
テレビ番組や教育分野における“日本病”について指摘し、「日本国民はますますバカになる」と警鐘を鳴らした。
上記のネット記事の見出しを目にして思い浮かんだ言葉が評論家大宅壮一の「一億総白痴化」でした。
彼が著書に次にように書いています。
「・・・私が使いだした「一億総白痴化」という言葉は流行語のようになってしまったが、これはラジオ、テレビの悪い面を端的に表現したものである。しかし同時に、これが極めて有意義な面のあることも見逃せない。・・・」著書より。
時代は昭和31年頃。
(これはラジオ、テレビの悪い面を端的に表現したものである。)の一文がありますが、私は次のように解釈しています。
「読書から知識、情報を得る作業とテレビ媒体からそれを得る違いに、思考力を働かせるか否かがあると思います。テレビから得る情報に思考力を働かせないとは言いませんが、読書の方がはるかにそれを要求します。文章を書くにあたり、なにをテーマにしどのような文章構成にして理解してもらえるか思考しなければなりません。
ですから、読書、文章を書く作業をしていると思慮深い判断が自然と身に付くのではないかと思います。」社長ブログより。
読書する心得として、
1 行間を読む
2 眼光紙背 といわれますが、読書する時、その言葉には「思考力」を働かせなさいとメッセージが込められていると思います。
読書と比べるとマスメディアから発信される情報が、一方通行となり、受け手側に送られてしまい、思考する作業が省略されてしまう結果になるので知力を上げる機会が損なわれてしまう。
ネット記事、見出しに続いて以下の文章が書かれていました。「茂木氏は、自身が考える“日本病”についてツイートを連投。そのひとつとして、まず「日本のお笑いは精神年齢の設定が幼い。社会の問題について、大人としてメタ認知を提供するという気概もインテリジェンスもない」と切り込んだ。
さらに「地上波テレビのレベル設定が低すぎる。タレント、芸人、アナウンサー、そして制作側のかもしだす『バカの壁』の気持ち悪さが全体を支配している。ガチで本気な知性をぶつける番組が増えないと、日本国民はますますバカになる」と、テレビ番組についてもバッサリ。
そのほかにも「小学生の頃から『偏差値』などという空疎な基準に縛られての塾通いは異常である」「エンタメのレベルが低すぎる。学芸会のようなものをファンが母親が子どもを見るように応援しているから、世界から相手にされない」と、日本病”について列挙。「日本をふたたび輝かせるためには、いつわりのやさしさはいらない。ダメ出しする厳しい愛がなければ、この国はいつまでも立ち直れない。いい加減にした方がいい」と、まとめた。」
ネット記事より。
※エンタメとはentertainmentという言葉、楽しませる、娯楽、気晴らし、余興、演芸などの意味。
※「メタ認知」とは、自分が認知していることを客観的に把握し、コントロールすることです。メタ認知の力を向上させることができれば、自分自身を冷静に客観視できます。
※インテリジェンス(英: intelligence)は意思決定のために情報を分析して得られる知見、またそれを得る機構である 。
茂木健一氏のこの言葉に納得です。
「日本のお笑いは精神年齢の設定が幼い。社会の問題について、大人としてメタ認知を提供するという気概もインテリジェンスもない」と切り込んだ。」
テレビで観るお笑い芸人の芸は、ただ笑いをとる事だけに終始してエスプリの利いた所作、言葉がなく滑稽さだけの芸となっているのを「幼い」と評しているのでしょうか?
芸の背景に、人生観・人生哲学などちょっと考えさせるエンターテイメントがあればと言っているのでしょう。
インテリジェンスがないというのは芸人の質を問うている事だと思います。
あのコメディアン、チャーリー・チャップリンが映画で演じたエンタメと比較しての事なのでしょうか?
見出しに使われた言葉「バカの壁」は確か、養老孟司氏の著書です。
ネット調べると次のような記事が、
「バカの壁」とは、「自分が知りたくない情報を自ら遮断すること」です。自ら遮断した時、その人の頭の中では、「偽のわかっている状態」です。本当の意味で理解できていないのに、「授業を受けたから」「勉強したから」という理由で、わかっていると解釈してしまうのです。ネット記事より。
との一文が、「知りたくない情報を自ら遮断」とありますが、思考を止めてしまい自分で壁を作り、外には出ず自分の価値感だけに留まる行為を指しているのでしょう。
頭脳の使い方としては、思索をしないと「バカ」になるとの注意をしているのだと思います。
更に続けて、
「本当の意味での理解」とは、実際その立場になり、体験しない限り理解したことにはなりません。科学やTVの報道など、「客観的事実」を盲目的に信じることが、バカの壁をつくり出し、本当の意味での理解を阻害するのです。
「妊娠、出産」を例に取れば、男性と女性では受け止め方がまるで違います。女性は将来自分の身に直接関係するものだから、熱心に理解に努めます。男性は逆で、自分に直接的には関係ないので、熱心に受け止めようとしません。このことから立場によって、理解と姿勢が違うことがわかります。」ネット記事より。
がしかし、戦後テレビなどのマスメディアで形作られた体制は壊れ、電波を独占できた時代は終焉し、電波オークションにより様々な情報がより提供され、個々に思考、思索する体制が生まれてくるのではないでしょうか?
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