体育の日、あの時僕は若かった!!

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昭和39年10月10日、東京オリンピックが開会式でした。空にはブルーインパルスが描いた五輪の飛行機雲が天空高く見えたことを記憶しています。そしてテレビの前で開会式を観ていました。

あれから50年、記念日となった体育の日を今日も迎えました。

国旗掲揚です。

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半世紀の時が流れ、再び2020年に東京オリンピックが開催されることとなりました。

あの時の感動を再び!!

高校3年生だった私は、今では68才になっている。

しかし、記憶は鮮明に残っています。

東洋の魔女、柔道アントン・ヘーシンク、鬼の八田監督に率いられたレスリング、体操のウルトラcなど金メダルが29個と大活躍したオリンピック。

開会式の整然とした入場、東京オリンピック行進曲が印象的です。

当時、知り合いからサッカーの入場券が余っているからと譲ってもらい国立競技場で観戦、人気がなくガラガラだったことを思い出します。

ヤンマーの釜本、三菱重工の杉山などが知られていましたが、まだプロでなくアマチュアの時代です。

しかし、次のメキシコオリンピックでは銅メダルを取っています。

でも人気はなかったね。

 柔道では、唯一無差別級の神永がヘーシンクに負けたと大騒ぎ、しかしあの頃から柔道は国際化が進みヨーロッパには19世紀末から柔術が普及し、それなりの下地は出来ていたのです。

ました、民間団体の講道館柔道と一線を画す、大日本武徳会の優秀な指導者がヨーロッパに渡り日本以上の質を教授していたのです。

それも武道として、アントン・ヘーシンクが観戦されていた皇太子ご夫妻に対し深々と礼をした振る舞いにそれを感じ取れます。

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この方が、アントン・ヘーシンクを指導された柔道家・道上伯氏。

大日本武徳会の柔道指導者、戦前は国策で柔道教師を育て各學校で柔道を教えていた。

いわばプロです。

そして、武道精神を体現した時代、ヘーシンクは魂も学んだことでしょう。

閉会式では、整然として行進はなく皆が思い思いにトラックを歩き雑然とした中にも、肩を抱き合ったリ、旗を振ったりとまちまちでしたがそれがまた今までにない友好を示す演出となり感動的でした。

表示板にメキシコの表示され、メヒコとアナウンスされた時を思い出します。

防衛大生のオリンピック旗の降納も印象にあります。

今はオリンピック開閉式の演出が過剰になっていると思います。

あの時の開閉式の簡潔な演出が清々しく思えてくるのです。。

 

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