「しらす國」仁政を以て国を治める・即位礼正殿の儀に当り・

「しらす」という言葉を目にしたのが、「神道と日本文化著者文學士 清原貞雄氏」という本でした。発刊は大正15年6月20日、93年前の本。
この本、朝倉彫塑館書斎で見つけ、ネットの古本屋で購入したもの。
日本のロダンと言われた彫刻家朝倉文夫氏が読んでいたことに強い関心を持ち、また、合気道開祖植芝盛平翁の影響もあり、自身多少なりとも神道について勉強していたためです。

「三 国家の理想の章」、40頁にその意義が説明されていました。
・・・爾孫就而治焉(読み:いまし・すめみ・まゆ・いて・しらせ)とあるのは既に幾多の学者が論じ盡したように我国の政治的理想を立てられたものであって、我歴代の天皇が国民を治め給うに覇道を斥けて常に王道を行わせられた換言すれば終始仁政を以て一貫せられたのは此の「しらす」の政治を理想せられた皇祖の遺教に拠るものである。古語に「しらす」と「うしはく」とが厳密に区別して用いられ、天子の政事に就いては必ず「しらす」の語が用いられ、決して「うしはく」とは云わなかったことについては先輩既に論じ盡しているからここに蛇足を加うる必要はあるまいとおもう・・・

ここまで読んで関心を引いた文節が「覇道を斥けて」でした。
覇道:儒教で、武力・権謀を用いて国を治める事。
そして、「王道を行わせられた換言すれば終始仁政を以て一貫せられたのは此の「しらす」の政治を理想せられた皇祖の遺教」」の文節に関心が行ったのです。
※「うしはく」の言葉の説明が書かれていなかったのでネットで知らべると、
※(ちまたでは、力による領有が”うしはく”であり、徳による統治が”しらす”という説明がされる。)ネット記事より

そういうことなのかと、戦後教育を受けた年代の者にとっては、全く知らない言葉、このような精神が理想として伝統としてあった国だからこそ、「しらす國」という呼称が生まれたのでしょう。

「天子の政事に就いては必ず「しらす」の語が用いられ」とありますが、皇祖天照大神から遺教としてある精神は今上天皇陛下の宣明に現れていました。
この伝統の重さ、尊さを日本国民が大事にすべきものと思いました。

2019.11.10加筆

合気道開祖植芝盛平翁、皇祖天照大神の遺教に思いを致すからこそ、次の御言葉を残したのでしょう。

<<吉祥丸「父は合気道の心は皇祖皇宗の御遺訓である、と良く言って居りました。合気道は日本の自然の中で培われた純粋に日本的なものだ。日本民族は麗しい山河を愛で、御皇室をその中心として尊宗して来た。従って合気道は御皇室と共に在り、御皇室中心で無ければ成らない、と」『合気道探究』>>

合気道の理念の根底にある「和合」が見て取れる。

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