「女子柔道の母」–福田敬子–

新聞を整理していると、2月中旬に買ったスポーツ紙の13面の見出しに「女性初講道館柔道9段・女子柔道の母福田敬子さん死去」とありました。

この方、「アメリカで柔道を指導している様子」をテレビで観て知っていたので記事を見ると「99歳」の文字がご長命に驚きました。

記事は、

「日本の柔道で女性初の講道館9段となり、米国柔道連盟から最高位10段を認められた福田敬子さんが9日に米サンフランシスコ市内の自宅で死去したことが分かった。99歳。東京都出身。死因は不明。葬儀・告別式は、サンフランシスコの寺とホテルで行う予定。1913年4月生まれ柔術家の祖父が、柔道の父といわれる嘉納治五郎を教えていた縁で、21歳の時に講道館女子部に入り、64年東京五輪では「柔の形」を披露した。66年、指導普及のために訪れたサンフランシスコに移住。「桑港女子柔道クラブ」を設立し「米国女子柔道の母」と呼ばれた。」スポーツ報知より。

柔道、世界普及を目指し、今日世界のJUDOとなりました。

女子にもおられたのですね。

他に本で知った「三宅綱子さん」という方いますが、この方戦後アメリア占領軍の女性士官に柔道を指導されていました。

やはり、日本の文化としての柔道の素晴らしさを伝えようという思いを持って指導にあたったようです。

 

明治期から、海外へ飛翔して普及に努めた方々の功労があってこそ成し遂げられたことなのですね。

ブログでも取り上げましたが、川石造酒之助道上 伯等大勢の方々がいます。

他に、ブラジル柔術の祖前田光世、とんち教室の石黒敬七、養正館の望月 稔等の名前も浮かんできます。

諸先輩の御蔭で隆盛を極めた柔道、昨今マスコミで内柴選手事件、園田監督辞任と騒がせています。

亡くなられた福田敬子さんどんな思いでこのニュースを聞いていたのでしょうか?

「闘争の技術」を「心身の鍛錬」の術として昇華した武術・柔道ですが本来の意義を忘れてしまったのか?

本人の見解を知りたいもの。

インターネットで調べると「強く、優しく、美しく」をモットーに指導されていた事を知りました。

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本家、講道館柔道、道上 伯氏が批判されたようにあまりにもスポーツ化、家元制度が推し進められ、本来の目的からずれてしまたったようです。

道上 伯氏が指導したヘーシンク、東京オリンピックでの立ち振る舞い、礼節を重んじる様子が見て取れました。

観戦されていた皇族の方々に深く礼をしていた様子をみましたが、道上 伯氏の指導の質を見る思いがしました。

 

翻って日本の柔道の指導者、オリンピックに勝つことだけを追い求める結果、その本質を忘れてしまったのでしょう。

35、6年前合気道の師範が言った言葉が思い起こされます。

将来は本物の合気道は外人から教わることになると憂いていた事。

合気道に限らず、武術・武道の稽古の取り組み方、外人の方が素直に、真摯に受け止めているのでは。

フランスの柔道普及にそれを見る思いがします。

一連の柔道界のゴタゴタ、これを機に再生に向けた取り組みが行われるのでは。

先人らの軌跡を辿るのもその契機のなると思います。

このブログ書き終わった直後、ネットニュースにこんな記事が

http://sankei.jp.msn.com/sports/news/130315/oth13031511510018-n1.htm

大相撲協会同様、組織の刷新をしないとダメだね!!

 

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