合気道の聖地 茨城岩間へ!

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6月9日、岩間へ行く。
目的は日大合気道部の先輩が興した、日本ミャンマー合気会の総会出席のために。
合気道を通して、もう半世紀以上の付き合いになっている。
このようなご縁を持てたこと、いいもんだ!
岩間の駅も改装され、立派な駅舎に様変わり。
駅をから合気会茨城支部道場へは昔と違い一本道。

この道を行けば合気神社へと続く

この地が「合気道の聖地」といわれるようになったのが、開祖植芝盛平翁が戦前、終の栖(すみか)として移住したことによる。
その経緯を「合気道開祖 植芝盛平伝」には次のように書かれていた。
「・・・開祖が茨城県西茨城郡岩間に土地を購入し、この地に田畑を開拓しつつ合氣道場を建設せんと計画を立てたのは、ひとえに合気道のためを考えてのことであった。岩間とのそもそもの関係はすでに昭和10年前後にまでさかのぼる。・・・中略・・・その後昭和14、15年になってから、開祖は年齢的にもまた健康的にもゆくゆくは退耕して悠々自適の余生送ろうとでも考え始めたのであろうか、先の1町歩の辺縁に、ぼちぼちと新たに土地を買い足していた。もともと「わしは百姓じゃ」が口癖の開祖は、東京のような大地なき都会生活には性分として、どうしても馴染み切れぬ抵抗があった。また信条としての自給自促、兵農一如の考えが早くからつらぬかれていたことは、すでに見てきた通りである。・・・」

この地での目的、「合気道の産屋」と考え、

  1. 合気神社の建立
  2. 野外道場の設立
  3. 兵農一如の生活

すべてを実践するこの場を「合気苑」と称し、修行の場とした。
ゆえに、合気道の集大成がこの地であったことが、「聖地」と言われるように成ったのでしょう!

聖地の由来を簡単に説明しましたが、駅前に銅像が立っていることがさらにその認識を高めさせます。

駅前の一本道を行くと、合気神社に!

この角を右に行くと茨城支部道場へと、

すっかりと整備され奇麗になっている。

そして隣には、斎藤守弘師範のご子息が設立した「岩間信神合氣修練会胆練館」があります。

その前には、合気神社。

野外道場では、ミャンマー合気会の面々が剣対杖の稽古をしていました。

そして改装された道場、瓦も葺き替えたのかな新しい感じがする。
また便所が奇麗に清潔になっていた。

毎年、4月29日に例大祭が開かれるが、つつじが咲き野外道場は鮮やかになる。

祠の前に彩り鮮やかに何の花が咲いていた。

待ち時間にアメリカ、カルフォルニアから来た青年と交流、相変わらず海外からの修行者が来るね。
先輩が言うには毎年200人くらいの人が来るという。

40年以上前にも来た時も外人が大勢内弟子として稽古の励んでいたが、変わらないようだ。合気道と出会って54年、海外への普及には驚きを隠せない。

そして総会にでて、懇談し交流を深め、楽しい時間を過ごしました。
日本ミャンマー合気会も20年が過ぎ、民間レベルの外交をしている事は素晴らしいと思います。
今後も会員として少しでもお手伝いできればなと思います。

 

 

 

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