「刀狩り」

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「刀狩」、中学の社会科歴史の授業で知った言葉と記憶にあり、

天下統一を遂げた豊臣秀吉が実施した政策くらいの知識程度でした。

戦後、GHQマッカーサーも行っていたのです。

記憶にあるのが没収した刀を米軍の兵隊がお土産代わりに本国へ持ち帰り、その中には、名刀と言われる刀もあったとか?

「刀狩」・・・

「・・・戦国時代には諸大名によって行われている[1]。天下を統一した豊臣秀吉が安土桃山時代の1588年8月29日(天正16年7月8日)に布告した刀狩令(同時に海賊停止令)が特に知られており、全国単位で兵農分離を進めた政策となった。一般的には農民の帯刀を禁止し、それらを没収して農村の武装解除を図った政策として知られているが、実際には刀以外の武器所有は禁じられていない。柴田勝家も、1575年(天正3年)から翌年にかけて越前国の一向一揆の鎮圧のために武器の奨励と没収を行ったことがあり後述する。・・・」ウキぺデイアより。

今風に言えば庶民には武器を持たせないという事になるのでしょう!

しかし、刀は連綿と刀鍛冶たちが、その技術を伝承しつつ、実用面(切れ味鋭く、折れにくく、曲がりにくくと相反する物性を持つ)もさることながら美術的な価値をめざし、素晴らしい刀を造ろうと今日まで続けられています。

私も趣味で「居合道」を10年ほど修業しましたが、本身の刀を入手し稽古した経験があり、家の「守り刀」となると言われ、大事に持っています。

その影響で「刀」にはそれなりに関心があり、何冊か専門書も持っています。

今では、実用としてではなく、美術品としての価値があり、ここに長い歴史育みながら製造技術が伝えられていますね。

日本はそのお蔭で、鍛造による刃物を造る技術は他国より抜きんでていると思っています。

ある日、いつものように買い物がてら、立ち寄った本屋で書籍を散見して見つけ、購入した本の「名刀に挑む」に「刀狩」についての記述があったのです。

最近PHP新書出版の本、何冊か読んでいますが、面白く読ませて貰っています。

この本も例にもれず、興味深く読ました。

古くから神社の御神体として祀られるだけの価値を日本人は見出しています。

著者は、刀鍛冶、その立場から「刀」についての思いを綴っており、それが私にとって更なる関心を呼び起こしました。

鎌倉時代の刀が一番すぐれていると聞き及んでしましたが、著者「松田次泰(つぐやす)」氏は鎌倉期の刀の再現に傾注している方、やはり国宝級はその時代の物が多い様です。

日本人が刀に対する思いとして「刀は邪気を祓い強い生命力をくれる」と記述しています。

刀を見ると確かにそんな感じを受けます。

身がしまる、造形に「凛」としてものが見える、気迫を受ける、など気を感じるのです。

そんな刀の存在が、戦後になって行われて「刀狩り」が受け止め方を変質させたようです。

近代戦争、そしてGHQによる「刀狩り」項の文章を引用すると、

「「刀に宿る生きる力」をわが身に取り入れ、力を得ようと考えたのは、明治以後の軍人たちも同じでした。例えば、日露戦争(1904~1905)で聯合艦隊司令長官を務めた東郷平八郎大将は、明治天皇から拝領した名刀「菊一文字」をサーベル軍装に拵え、戦場に出ています。今の人たちは、軍艦や大砲で戦うのに、刀をもっていても仕方ないと思うかもしれません。ところが当時の軍人たちにとっては生きるか死ぬかの真剣勝負、もっといえばこの戦いに負ければ日本が滅びるという、国運をかけた大勝負に打って出るわけですから・・・」、

ここまでの文書から当時の軍人たちが「刀」が持つ生命力、力強さを求めた戦国武将と同じ思いを託しているのです。

実際に刀を持てば、平和な時代に生きている私たちにもそのような印象を与えてきます。

これが日本刀の凄味です。名刀となればさらにその輝きは増すはずです。

「・・・中略・・・しかし、日本人の勇気や敢闘精神に恐れをなした米軍は戦後、占領政策の一環として「刀狩り」を行いました。全国から集められた刀剣は、一説には軍刀を含めて300万本にも及んだといわれます。(渡邊妙子『日本刀は素敵』ワック)・・・」、

この記述、今思えば占領下にあった時代に生きてきた私には「ある大人からマッカーサーは日本人の勇気と団結心を恐れて占領政策を行ったと教わった事」を思いだし、納得するのです。

「武道禁止」のその一環。

「・・・とにもかくにも、この戦後の「刀狩り」が日本人に刀へのアレルギーを植え付けてしまったことは、否定できない事実です。本来、日本刀は日本人にとって「生きる力」の象徴であり、神社の御神体になるほどの霊力を帯びたものであったはずなのに・・・」、

この記述で思い出した例があります。

もう14、5年前になりますか、当社と取引のあった設備屋の工場長が私の刀を見せた時、語ってくれた話です。

「池袋である商店経営をしているご婦人が、毎日のように刀を見つめ自身に気合を込める意味で鑑賞した。」、

これなどは、まさに「生きる力を授けてもらう行為」に他ならないと思い出したのです。

恐らく、私らの両親と同じ時代を生きたご婦人なのでしょう。

そんな立場にいる人にも、「刀」の象徴的な価値を見出すだけの教養があったのでしょうね。

「・・・戦後は「危ないもの」「持ってはいけないもの」というように考えてしまう人たちが多くなってしまいました。本当に残念な事と言わざるをえません。日本の歴史を考えるならば、このような誤解が、日本人の「生きる力」や「誇り」を失わせている一つの遠因にもなっているように思えてなりません。・・・」、

全く同感です。

当社に訪れる人に私の刀をみて貰う機会があるのですが、まさにそのような「危険物」としか見ない人が多く居るのはそのせいでしょう。

やはり、占領政策は日本人の大和心を喪失させる目的があったと、つくづく思います。

 

 

 

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