当用漢字の制定、何で決めたのか?

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当用漢字の制定は、

広義には、当用漢字表(1946年〈昭和21年〉11月16日)、当用漢字別表(1948年〈昭和23年〉2月16日)、当用漢字音訓表(同)、当用漢字字体表(1949年〈昭和24年〉4月28日)および当用漢字改定音訓表(1973年〈昭和48年〉6月18日)という一連の内閣告示を総称する。ウキぺディアより。

私等、戦後直後の生まれは、国語・漢字は戦前まで使われていた旧漢字から、新字体の漢字を習いました。

かな文字も、音韻に添った表記となりました。

幼い頃ですから、その変革が行われた経緯など知らなかったのですが!

教わった通り、漢字や、ひらがなの使い方などを覚えました。

しかし、小学生時代は昭和20年代後半から昭和30年代前半、当然ながら戦前に漢字、ひらがなを習った人たちが書く字と違うので、妙に興味が湧き比べてみてはそうなのかと理解はできました。

ひらがなですと、「昨日(きのう)」は「きのふ」、「微笑む(ほほえむ)」は「ほほゑむ」、「・・・という」は「・・・とゐふ」、「・・・のように」は「・・・のやうに」など。

書き方も横で書く場合、昔は右から左でしたので、例えば、看板がわかりやすいので例を上げると、デパートの「松坂屋」は「屋坂松」といった具合に。

ですから、旧漢字、ひらがなの使い方に違いがあることは認識できました。

そんな時期に、九段上(地名)に有った同級生の家で目にした本が、すべて旧漢字、興味もあり借りて読んだことがあります。本の一部に焼け跡があり戦災で焼けたと言われた記憶があります。記憶が薄れて、詳しい内容は忘れましたが、「大塩平八郎という人名」の記憶があり偉人伝のような本だったと思います。確か読めた理由は漢字にルビがふってありそれで読めたと記憶しています。その体験が旧漢字への関心につながりました。

それから、年を経ていくにつれ、何故、漢字を変えたのかと思うようになり、見聞していくうちに「占領政策の一環」と知るようになりました。

その関連の事柄として、聞いた話が・・・

「戦前、日本が情報・世論操作出来た理由として、漢字は難しく読めない人が居て、教育程度の低い民衆が世情・政策をよく理解できず、全体主義的な国家運営が容易になされた」と言うようなものでした。

これは、アメリカの偏見と誤解、傲慢さが故の仕業と認識しました。

当時でも日本の方が識字率は高かったのでは?

終戦直後の話ですが、ある文学者が国語をフランス語にと主張したとか!?、

カタカナ、外国語に国語が換えられていたら、今の韓国のように史書、古文書などが読めなくなっていたでしょう。

占領政策は日本を貶めるために実施されたものと、今は認識しています。

戦前の国家体制、戦後の占領政策で生まれた体制には昨今様々な見解、意見が出ていますが、はっきりと言えることは「教育制度」、「社会制度」、「国家意識」に弊害が出てきた事です。

特に青少年教育、精神面での劣化があげられます。

未成年の暴力事件、家庭における殺人事件などが顕著です。

小学校の先生が言われた「修身を廃止したのは、マッカーサーが大和魂を貶めるため」とは実感です。

占領軍の命令で利便性だけを追った「カタカナ」を使えなど、アルファベット26文字しか知らない西洋人、漢字文化の無知による偏見ですね。

最近じゃ、漢字がデザインとみえるアメリカ人などは漢字を刺青している時代です。

 

確かに、利便性だけをみると社会人になって、タイプライターを使うようになった時(昭和40年代半ば)、

漢字が使えず、カタカナの便利さを感じましたが、それから20年ほどたってからはパソコンで漢字が表記できるようになって今日に至っています。

でもあの頃、和文タイプライターはありましたが不便でした。

 

ですから、漢字の不便性無くなり、旧漢字でも簡単にワープロで書けるようになりました。

それが今でも、メディア特に新聞社は占領政策のプレスコードに縛られて、人名など正しく表示せず、当用漢字、常用漢字と言って、人の名前を勝手に変えてしまっています。

人の名前を勝手に変える非礼をやる始末。

例えば最近では、リオオリンピック400mリレーで活躍した選手「山縣 亮太」と書くべきところを「山県」と書く例を見ました。

 

漢字には文化・歴史があります。

高校の頃、先生が「中国の簡体字」を批判して、それでは漢字の文化、歴史が消えると言った事を記憶しています。

中国、昨今若い人、簡体字表記より、繁体字の方に魅力を感じているようです。台湾では従来通りの漢字表記、日本でいう旧漢字書体で小學校より教えています。十数年前教科書をコピーしたものを手に入れた事がありますが、ルビをふって読めるようにしてありました。漢字は画数が多いからと言ってむずかし訳ではないと思います。小さい時から目にすることがいいのでしょう。

台湾の漢字教育でわかりました。

コンピュータの出現で漢字の表記の不便は無くなりました。

漢字が持つ歴史、文化を伝えるためにも、漢字の規制は撤廃した方がいいと思います。

漢字の種類を上げると、

象形文字・指事文字・会意文字・形声文字・転注文字・仮借文字とあります。

漢字が成り立った背景には、先人たちが歴史の中から知恵・工夫で編み出した文化があり、

それを理解する事は歴史を学ぶことに繋がります。

最近「中朝事実(当然旧漢字表記)」で知った漢字「牆」音読みは「シュウ」訓読みでは「かき」です。今での漢字で表記すれば「垣根」となります。

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新訂 詳解漢和大辞典 冨山房出版 昭和11年2月18日 50版発行より。初版が大正5年、バリバリの旧漢字の辞典。

この様に旧漢字、パソコンで書ける時代です。便利なものが出来たもの!

それにしても、語彙の少ない日本人が出てきました。

国語教育の見直しはしないと!

大和言葉、漢字を深く理解する事が自国の精神文化を知ることに繋がると思います。

文字が出来て、文化の蓄積がある。

 

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