御嶽山の噴火!!

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小さい時から日本は、地震国、火山が多いとは聞いて居たが、木曽節で歌われる御嶽山も噴火した。

最近では記憶に残るのが雲仙普賢岳の噴火、火砕流がおこり多くの死傷者を出した。

火砕流の速度が新幹線並みと聞き驚いたものです。

噴火では、浅間山、鹿児島の桜島がつとに有名ですが、日本を振り返れば自然災害との闘いの歴史の国。

小学校ので教わった火山の種類「死火山」「休火山」「活火山」の呼称が使われなくなった事をウキペディアで調べると次のように記していました。

・・・活火山の定義を見直すきっかけとなった有史以来の1979年の水蒸気爆発、

そういった中、死火山と一般には考えられていた北海道の雌阿寒岳が1955年に、御嶽山が1968年(昭和43年)から活発な噴気活動をはじめたことから活火山に変更され、1979年(昭和54年)に水蒸気爆発を起こしたことから、改めて死火山の分類区分が無意味であることが一般的にも認知された。休火山と考えられていた秋田駒ヶ岳は1970年に、雲仙岳は1990年に入って噴火した。

長らく死火山だと思われてきたが、1968年(昭和43年)から活発な噴気活動を始め、気象庁が1975年(昭和50年)に刊行した『日本活火山要覧』(初版)では、活火山の当時の定義(噴火の記録のある火山及び現在活発な噴気活動のある火山)に該当する77火山のひとつとして掲載されていた。しかし、定常的な観測体制の整備は行われず、明確な前兆現象が観測されないまま、1979年(昭和54年)10月28日に水蒸気爆発を起こし約1,000 mの高さまで噴煙を噴出した。5時頃に発生した噴火は14時に最大となりその後衰退し、噴出物の総量は約二十数万トンで北東方向に噴煙が流れ軽井沢や前橋市まで降灰した。この噴火がきっかけとなり、日本国内の死火山、休火山、活火山という定義そのものを見直すこととなった。現在では活火山以外の言葉は使われない。・・・ウキペディアより。

この記事を読んでそうだったのかと再認識しました。

噴火の初めての体験は、昭和47年、女房の実家へ行った時、桜島の煙を吹いて灰が飛び、目に入ってくる体験をしましたが、御嶽山噴火、現在47名の死者、そして未確認の方々が20名ほどいるとか。戦後最悪の噴火災害だそうで!!

最近では昨年11月、鹿児島見物した際も灰を浴びています。

それとは比較にならない灰の量と噴石を浴びる災難、自然災害の凄さです。

DCIM2719 (640x480).jpg

昨年11月、錦江湾フェリーから撮影。

噴石に直撃されそれが原因で亡くなったり、大きな噴石と灰に埋もれて命を奪われたとか、そばでその噴火と遭遇するとひとたまりまなく命を奪われた様子。

 報道されている御嶽山噴火の様子、噴石で道が覆われ、景色が灰色の世界に一変したほどの威力、自然エネルギーの凄まじい力。

昔の日本人、この自然現象を目の当たりにして恐れおののき、神の怒りを鎮めようと神社を建立し祈りを捧げ、自らを戒める仕業に至る行為が今も伝わる神社の祭事、祭りごとの原点を見ると、古来より日本人は自然に対しての畏れ、畏敬の念をもって接していのだと思い起こされます。

 御嶽山で噴火に遭遇した生還者がフェイスブックに綴った記事が有ります。

噴火の様子、体験したその人の臨場感がある記述を読んでください。

今では、日本全土に活火山の110個、様子として危険な50弱ほどの火山の監視が必要な状況とか、テレビ報道では、津波、地震に比べ予算が少なく且つ、火山学者を20名ほどの少数とか、そんな報道を聞き驚きました。

3年前は東日本大震災、ゲリラ豪雨での土砂災害、そして噴火と続いています。

やはりお祓いが必要かも!?

ラジオの評論家が言っていたこと、異常気象で災害が大きくなり国民の安全を守る視点から、

異常気象も日常化しているので気象庁の管轄を内閣府の直轄にして対応すべきと提言していた。

迅速な対応が迫られている今、納得です。

 

 

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