奄美民謡 豊年節 歌詞解説

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稽古で、豊年節の歌詞の読み、また意味の解説がありました。

解説をされたのは会長さん。

1、イヨーハレィー 西ぬ口から

  意:お囃子     西ぬ口から→北の湾口から

  白帆(しりぁほ)や 巻きゃ巻きゃ 来ゆうり ヨイヨイ

   (スラヨイ ヨーイ) お囃子

  意: 水平線越しに徐々に白帆が見えて、船が近づいて来る情景を表わしている

  蘇鉄(すてぃてぃ)ぬ どがき粥(がい)や 半くぶすぃよ

  意:蘇鉄で作られたお粥は打ち捨てしまえ 半→接頭語で強調の意 くぶすぃよ=こぼす、こぼして捨てる。

        どがき→蘇鉄の実でなく幹を水にさらして毒抜きをした後、乾燥させて粉にし、それでおかゆを作る。

  ウトゥメィー マシューナロヤ 

  お囃子

  意:ウトゥメィー→一説にはおとみ(女性の名)とも、

  ヤーレィー 西ぬ口から

  白帆(しりぁほ)や 巻きゃ巻きゃ 来ゆぅり ヨイヨイ

    (スラヨイ ヨーイ) お囃子

  蘇鉄(すてぃてぃ)ぬ どがき粥(がい)や 半くぶすぃよ

  ウトゥメィー マシューナロヤ

  ヤレィー やらいすぃば また来い来い

    意:やらいすぃば→意味はなく、お囃子となっている

2 イヨーハレィー 線香(しんくぅ)ぬねーだな

  松木(まてぃぎ)ぬ葉ば線香(しんくぅ)ちとぅぼち ヨイヨイ

  意:線香がないから代用で松木の葉を線香としてとぼす

    (スラヨイ ヨーイ) お囃子

  山川観音丸 二番漕(く)ぎ 願おう ナロヤ

  意:通常、年一回のところを船足の早い観音丸に是非2回の航海をを願おう、山川→鹿児島県の港の名、奄美からくる船が最初に入    

  港する。

  ヤーレィー 線香ぬねーだな

  松木(まてぃぎ)ぬ葉ば線香(しんくぅ)ちとぅぼち ヨイヨイ

  (スラヨイ ヨーイ) お囃子

  山川観音丸 二番漕(く)ぎ 願おう ナロヤ

  ヤレィー やらいすぃば また来い来い

 

この歌詞から薩摩より支配されていた奄美の島民の暮らしぶりが覗えます。

黒砂糖は、当時換金性の高い物産として扱われ薩摩の大きな収入源で、島民に対しサトウキビを作るように命令したために、

食物を作る畑がなく、鹿児島から持ってくる米が食料でした。年貢として黒砂糖を差出、手元に残る黒砂糖は米を手に入れるために、

物々交換で、それも獲られ結局二重搾取となっていました。

米は滅多に口に入らない。サツマイモが常食、それもなくて、蘇鉄粥で飢えをしのいだと伝えられている。

昭和30年代半ば頃までは、喜界島は常食はサツマイモ、お米は目出度い席でしか食べられなかったと聞いています。

歌詞に、船が米を積んで来たからと、 

「蘇鉄(すてぃてぃ)ぬ どがき粥(がい)や 半くぶすぃよ」と唄ったのでしょう。

島民は、なかなか黒砂糖を口にできなかったのでしょうね!

聞いた話ですが、戦後間もない頃も、サトウキビを歩いて口にすると年寄りが怒ったそうです。

サトウキビを自由に扱うことが出来なかった島民の心情がそうさせたのでしょう。

薩摩の支配の名残でしょうか。

会長さん曰く、薩摩の植民地支配は、西洋諸国に匹敵するくらい上手に搾取したと。

 

島の歴史に詳しい会長さんに、加筆訂正をお願いしました。

有難うございます。

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