奄美民謡教室の新年会で

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新年あけての稽古始の日、稽古後、新年会をしましょうと7人ばかりの方々が集まり
居酒屋で行いました。
居酒屋で、遅れてくる人たちを待ち、ビールを飲みながらの会話となりました。
仲間の一人が、携帯電話に入っている写真を見せながら、奄美の伝統的な正月料理を自分で作ったと自慢げに話していました。その方、男性です。
本格的な料理に仕上げてあったので、感心してその説明を聞いていました。

郷土の料理の中に私にとって懐かしく、またとても美味なものと記憶に残っているのが「豚みそ」です。
子供の頃、よく郷里から送られてきました。
それと一緒に送られてきたものに、バナナ、サトウキビなどもありました。
当時、バナナは高価なものでそう口には出来ない果物で、珍しさも手伝って喜んで食べたものです。
豚みそですが、自家製のみそと家畜で飼われている黒豚の肉を使って作られています。
茶筒に入れられて送られてきます。
郷里では保存食になるのでしょう。

自家製みそとラードが絡まって、それをご飯の上の乗せて食べるとそれはおいしいものです。
亡くなった父は、脂身がとても大好きでおいしそうに食べていましたが、私にはそれがわかりませんでした。
喜界島出身の従業員にそのおいしさの思い出話をすると、今では同じようには作れないでしょうと言います。
彼は喜界島にいるとき、家畜として家で飼っている黒豚の世話をした経験があり、
サツマイモ、魚が餌として使われていたようで、イモなどは十分に練ったものに魚を混ぜて食べさせると言っていました。
その餌のせいで、脂身に甘味が乗っておいしくなると説明してくれました。
彼も父同様、それが好物です。

新年会の席の会話からもう作れない理由がわかりました。
今では、豚などの家畜を家では飼えないようになっているというのです。
詳しくはわかりませんが、そのような法律があるようです。
それにしても、もうその味を味わえないのはさびしい事です。

4、50年前両親が喜界島に帰省した際、黒豚を屠殺している写真を撮って持ち帰っていたことがあり、その情景は記憶にあります。

その事から隣に座っていた会長さんに、私は次のような話をしたのです。
昔は、身近にいる生き物(家畜)を殺生して食べる機会が多かったですが、今はなくなりましたと話し、例えに遊牧民の食生活を話したのです。
彼らは遊牧しながら羊を育て、それを殺生して食べ物にする。
そんな行為を子供たちも見ながら食べるわけです。
だからこそ、命の尊さがわかるのでしょうねと結んだのです。

会長曰く「その通りで、それが命の大切さを無言で教えるのでしょうね」と言いました。
会長自身も、牛の世話を言いつかり飼育の経験があり、思い出話をしてくれました。
自分が一生懸命育てた牛がある日、馬喰がやってきて連れて行ってしまう。
連れて行かれた牛をどこまでも追いかけたと、話している最中目が潤んでいました。
思い出して切なくなったのでしょう。
そうかもしれません。
手塩にかけて育てた牛が連れ去られるのです。子供心に親兄弟の別れに匹敵するものだったのでしょう。
本島は牛ですが、喜界島は馬が飼われていました。
会長も知ってたようで、喜界島は馬を飼っていたというので、仔馬の別れの話をしました。
ある詩集を買う」のブログで触れていますが、軍馬として徴用される仔馬を飼育するのです。
やはり、育てた仔馬が伝馬船に乗せられて親船に向かう際、その別れは肉親の別れと同じ悲しいものと叔母から聞きました。
その時代、生活の中に教えがあったと、お互い納得した次第です。

その内、遅れて来たメンバーも加わり、会話が弾みます。
コンクールの出場の話が話題になりました。
当教室から、3人が出場するのです。
先生も、個人指導が増えて忙しくなることでしょう。
入賞できそうな方がいますから、乞うご期待ですね。

年代的にはほぼ同世代の方々が集まっての新年会でしたから、面白く話が聞けた会となりました。

 

◆ ◆ ◆

付記 教室紹介

名称は「東京奄美サンシン会」

稽古日: 毎月 第二、第四土曜日

※ 但し、日曜日になることもあります。

稽古時間: 午後1時から5時

場所: 南大塚地域文化創造館

問い合わせ先: 藤井会長 090-6176-5071

 

 

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