神道随想

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子供のころ、育った町にあった神社が、東京大神宮、靖国神社。
他に、乃木神社、東郷神社など離れていましたが存在を知っていました。
乃木神社は、親だったかに連れて行かれ、乃木将軍と静子夫人が自刃した部屋を見た記憶があります。
靖国神社が遊び場で、秋の例大祭などには夜店が並び、お化け屋敷、サーカスなども見られました。
時には、大道芸の猿回しも見たことがあります。
その時の強い印象が、言うことを聞かなくなった猿を桜木の支えに首紐を結び、しこたま竹でたたくのです。
そうやりながら芸を教えるのか、可哀そうにと思いながら見たこともあります。
奉納相撲もありました。
他に、大村益次郎の銅像の台座に乗って遊んだり、大燈籠にはめられている日清、日露、満州事変、日支事変などの銅製レリーフから英雄を知りました。
大山元帥の奉天入場、東郷元帥の日本海海戦、旅順港閉塞の「杉野はいずこ」の広瀬中佐、肉弾三勇士、名前が確か、江下、北川、作江と記憶しています。

 

子供ですから、単に神社という呼び名だけでそれ以上の存在意義など認識していません。
知識としては、神主がお祓いする動作、地鎮祭上棟式竣工式などは神道の儀式とは分っていたと思います。

簡単に神社の由緒をご紹介。

紹介文、各神社HPを参照
※ 東京大神宮 
江戸時代、伊勢神宮への参拝は人々の生涯かけての願いでした。明治の新国家が誕生すると、明治天皇のご裁断を仰ぎ、東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建された。 現在広く行われている神前結婚式は、当社の創始によるものであり、今も神前において伝統的な結婚の儀式を守り伝えている。
※ 靖国神社
靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉(ひと)しくお祀りされている。
※ 乃木神社
明治天皇が明治45年7月30日に崩御せられ、それを追って殉死した乃木将軍ご夫妻の遺徳を偲び、大正12年(1923)に建立。
※ 東郷神社
神社の創建が計画され、昭和12年9月に地鎮祭、昭和15年5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭がおこなわれ現在に至る。

 

そして、大学入学した時、合気道部に入ったことが関心の始まりです。
大学1年の時、本部道場で合気道開祖植芝盛平と身近に接する機会がありました。
その時、合気道の精神を説明されるのに引用されたのが、神道の神々のお話でした。
まさに、チンプンカンプン、18歳では到底理解できないお話。
しかし、開祖のお話で合気道と神道のかかわりがあることはわかりました。

 

大学2年の時に、同期の友人から参加するよう説得されて古神道修行道場へ修行に。
3泊4日で、着いたその日の夕方、指導者から修行上の注意を受けるのですが、その間ずっと正座で聞きます。40分程で終わったのですが、何人かの方が立とうとした時倒れ込みました。
正座をしていたために、れを通り越して足の感覚が無くなっていたのでしょう。
立とうとした時、足首が伸びず歩けなかったのです。
修行の目的は、呼吸法を身に付けることでした。
合気道の稽古にも役に立つという理由です。

 

最初の修行、初学と言います。
修行方法は、正座をして、鈴を打ち振り、「とほかみ ゑみため」と声を発します。
その時間は、記憶では線香2本が燃え尽きるまでだったと思います。
それを一日朝から、夕方まで僅かな休憩をとって7、8回ぐらい繰り返したと思います。
修行ということで、食事は質素で漬物、みそがおかず、ご飯は麦飯100%でした。
お茶代わりにはただのお湯が出されました。
大声は発し、集中していないと先達が背中、太ももを叩き叱咤します。
長時間、大声を出しているので喉がやられます。
そんな時、出された砂糖湯のおいしかったこと。
いまとなっては、いい体験をしたと思っています。

 

社会に出てから、10年ほどブランクがありましたが、稽古を再開し、指導する立場に立ち、もっと知らねばならないという気持ちになって関連の本を読むようになってから、さらに関心が高まるようになったのです。
開祖の自伝などを読めば、必ず神道関連の話が出てきます。
しかし、それ以上に踏み込んだ学習はしていませんでした。
を重ねるうちに、本屋、書店に入って本を物色している時などに、神道関連の書籍を見つけると購入していました。
開祖の口述などの影響もあり、大和言葉、言霊、古事記、日本書紀に関する本がそれに該当します。

 極めつけは乃木将軍が殉職される直前に昭和天皇に手渡された山鹿素行の「中朝事実」です。

天皇に「皇統」を知ってほしいと渡されたのです。

最初に書かれている記述は、

「天先ず成りて地後に定まる。して後神明(カミ)其中に生る。其神を國常立尊と申す。

一書に曰く、高天原に生まれ給う神の名を天御中主の尊と曰ふ・・・・・」

記述は漢文、訳文は旧漢字で旧文書体、いつかは読破しようと手に入れました。

 

読んだ本を引用して「神道」について、その意義を説明します。
日本神道がわかる本より、
帯書きが『21世紀の危機を救う 神道を再発見する』
序文の記述がわかりやすいので、
「今、『緑と水』を崇め大切にする日本の神道が、世界の注目を浴びている。
それは、21世紀に入り、人工急増による地球規模の深刻な水不足と、排ガスによる地球温暖化・・・
一方、日本人は神道があまりに身近にありすぎて、それを意識していない。他の多くの文化や芸術作品と同様に、神道も逆輸入の形で日本人に意識されるとしたら、いささか皮肉すぎる。・・・
神道は、日常生活で意識されることは少ないが、日本人の血の中に流れ、精神の奥底に生きている。その点では渡来の宗教の比ではない、日本固有の民族宗教なのである。日本は、植林技術では長い歴史を持つ先進国なのである。今、多くの日本人が海外各地に出向き、植林事業に貢献している。・・・
弥生時代から神霊の静まる『鎮守の森』を育て守ってきた文化が、無意識のうちに、
日本人の血の中に流れている。こうした時、神道を通じて培った日本人の自然観がどれほど寄与しているか計り知れない。・・・」

天皇家に残る祭事などを見るにつけ、あらためて神道の精神が連綿と受け継がれていたことを実感します.

テレビ番組で、海外で植林事業で活躍されている日本人を紹介していました。

 

法律の中にもその精神が発揮されている例を挙げます。
第一章 日本人の接待好きは共食文化からの項より、
「日本人のこの『同じ釜の飯を食う』共食行為は、家族や集団のハレの祭りや、各種の行事にと生き続け、くり広げられている。家庭では、家族や親類、友人などの誕生祝・七五三祝・入学式・成人式・結婚式などの人生儀礼が共食の機会である。・・・・・・・・・・」
と書きしるし、交際費とは、「法人がその得意先・仕入先その他事業に関係あるものに対する接待、饗応、慰安、贈与その他これらに類する行為のために支出するもの」として、
日本企業では税法上損金として認められるが、アメリカ企業は認められないそうです。
ここに「共食文化」が見られるのです。
あらためて、神道について調べていくと、日本人の血の中に流れている精神と感じます。
日本民族の根底にある神道に目を向け、日本人としての「ナショナリティ」を再確認すべきと思います。
民族意識の脆弱化の兆しが見える今、自覚しなければと感じるこの頃です。
また、折に触れ神道、神話、言霊などの学んだ感想を書きたいと思っています。

 

「注」 太文字の箇所、ある方に原稿を読んでもらった時に読めなかった漢字。

ブログ「国語力が低下?」と題して書いたこともあり、様子を知るために原稿を読んでほしいとお願いしました。

 

参考資料
「日本神道がわかる本」著者 本田総一郎 出版 日本文芸社

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コメントが 4件あります

  1. 新井 さんより2010年10月12日1:59 PM

    昨日お世話になりました新井です
    貴重な時間ありがとうございました。
    来年もまた会えることを願ってます。
    ちなみに従容って字は自分も読めませんでした。
    37歳。まだまだです。

  2. 上野2010年10月12日2:23 PM

    こちらこそ!
    私の青春時代の話が面白かったようですね。
    酒が進みついつい会話が進んでいくうちに記憶が
    蘇ってきました。
    歳が二回りほど離れていますが、
    世代を超えて、楽しくお話が出来ました。
    他のブログも読んで頂いたようで有難うございます。
    「従容」
    の漢字読めなかったですか!
    今の日本では死語となりつつある漢字だと思います。
    「しょうよう」と読みます。
    覚悟の程を意味します。
    また、お会いしましょう。

  3. 米の祝福さんより2010年10月18日12:46 PM

    社長 いつもお世話になっております。
    ブログ読ませて頂きました。
    >「天先ず成りて地後に定まる。然して後神明(カミ)其中に生る。其神を國常立尊と申す。一書に曰く、高天原に生まれ給う神の名を天御中主の尊と曰ふ・・・・・」
    この件の部分は、正直読むのに難儀しました。学生時代は日本書紀とか少しは読んで
    いたんですが。。。勉強不足ですね。
    >地鎮祭、上棟式、竣工式
    うーん、読めない人は読めないのでしょうかねぇ?
    因みに私の地元では上棟式は『たてまい』(建前?建舞?)といいまして、建築途中
    に屋根の上から餅やおひねりやお菓子などをバラ撒いて、近所の人達がそれを拾って
    祝うということをやっていました(今はやっているかどうか・・・)。メインの一番
    大きなお餅を取り合うのが、子供ながらに楽しかったのを覚えています。
    こういった風習や習わしが廃れていくにつれ、それに関連する言葉も読めなくなって
    いってしまうのでしょうね。少し寂しさも感じます。

  4. 上野2010年10月18日1:11 PM

    コメント有難うございます。
    生活様式などの変化で、儀式が廃れてくると、
    それに関する言葉も使われなくなりますからね。
    最近は、ほとんどが出来合いの家を買うので儀式が省かれてしまうからでしょう。
    私も読めないといわれた時は驚きました。
    「中朝事実」の最初の件、旧漢字、かな表記が昔のものですから、
    読むのには難儀するでしょう。
    私の経験で、小学校の頃、友人から旧漢字表記の本を借りたことがあります。
    確かルビがふってあり、旧漢字を覚えたことがあります。
    いろいろな漢字を覚えるのが楽しかったですよ。
    神道の儀式は日本社会に根付いているとつくづく感じます。
    祭りのほとんどが五穀豊穣の祈願ですね。
    ご先祖様、食料が豊富にあることが幸せなものと強く実感した事でしょう。
    神道に関し改めて勉強しています。
    また、ご意見を寄せてください。

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