日教組を『教育のガン』と断じた政治家がいた!

書籍の帯に『教育のガン』と書かれています。

著者伊藤玲子
2008年12月10日初版第一刷発行

[日教組は1947年6月8日に結成されました。結成の背景には、戦争への反省と戦後の教職員の生活苦が(※追記:教員に限らず多くの国民もです。)ありました。終戦直後の日本ではインフレや食糧不足が深刻で、教員の給与もほとんど価値を持たず、生活が困難な状況でした。このため、当時分立していた3つの教職員団体が統合され、日教組として発足しました。また、占領期のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の教育改革方針も、組合結成を後押ししました 。」出典元:ネット記事より。

※付記)鹿児島師範学校出の義理の伯母が、田中角栄首相が教員給与を上げてくれたと喜びながら申しておりました。

日教組の存在を知ったのが確か中学生の頃、当時は板橋区前野町に住んでおり自転車通学していた区立志村第三中学校でした。
ある日、所属の先生たちが「勤務評定」反対とストをしていた記憶があります。授業放棄をしたような記憶があります。
職場放棄です。
公務員は出来ないはずなのですが?
そのスト?を敢行した組織が日教組と記憶しています。

「日教組の勤務評定闘争は、1950年代後半から本格化した、教員の評価制度導入をめぐる日本教職員組合(日教組)と文部省(現・文部科学省)による長期にわたる反対闘争です。政府側の「教員統制・組合弱体化」という意図に対し、教育の自主性や教員間の序列化に反対する形で激しい対立が繰り広げられました。」 :出典元 ネット記事より。

私が中学生の頃、本格的にやっていた時期と合います。

「日本では、公務員のストライキ(争議行為)は国家公務員法(第98条)および地方公務員法(第37条)により固く禁じられています。 
なぜ禁止されているのか
公務員の仕事は、治安維持や消防など、国民・住民の生命や財産、社会生活に直結するものが多いためです。ストライキによって業務が停止されると、社会に深刻な影響(公共の利益への損害)が出るおそれがあるため、労働三権の一部が制限されています」:出典元 ネット記事より。
中学生であった私もその知識は当時あったようです。
それ以降その存在は薄らいでいましたが、社会人となりそれなりの分別が付くようになると、悪い印象を持つようになりました。

初めに紹介した本も、日教組の教育を知ろうと思い購入したものです。
他にも教育関連の本、目にした数冊(写真にて紹介)の警告本を買っています。

それは教員の方々が、国旗掲揚、国歌斉唱反対と学校行事で騒ぐようになったからです。
組合の強い学校は式典で一切やらない学校もあるようです。
誰から見ても異様な現象が小中学校で起きているのです。
しかし、誰も彼もそのように考えている人がいる訳でもない?
私が通っていて千代田区立富士見小学校では、朝礼で国旗掲揚、午後3時に降納を子供たちが行っていたと記憶しています。
日本国において、教育現場でこんな勝手なふるまいが容認されることは異常だと思うのですが。
まして、戦後自虐史観に基づいた歴史教育でねじ曲がったままに、子供たちは民族の誇り、自尊が否定されるまま教育現場を日教組の主導で幾星霜、今まで、誰もその問題について発言する国会議員はいなかったのですが、声を上げ立ち上がった政治家がいた。
その人の名は中山成彬衆議院議員です。
それまでに教育界を糾弾する本が出版されていました。

 「中山成彬国土交通相は2008年9月25日の就任インタビューで、成田空港反対闘争を「ごね得」と述べた。また、大分県教委での汚職に触れ「日教組の子どもは成績が悪くても先生になる」などと断じたほか、「日本は単一民族」と発言。関係者の抗議を受け、いったんは撤回して謝罪した。しかし、27日に再び「日教組はがん」などと持論を述べた。与野党から批判が収まらず、同月28日、首相官邸で麻生太郎首相に会い、一連の問題発言の責任を取り、辞表を提出し、受理された。」出典元:ネット記事より。

今から18年前の出来事、与野党とありますが保守議員にも批判したものがいたのです。

冒頭紹介した本を読むとそら恐ろしい現実に驚かされます。

最近、自衛隊員を貶める差別発言をした国会議員がいましたが、事例として次のようなタイトルで紹介されていました。

■ 日教組教員の自衛官子弟への「いじめの実態」

日教組は日本国家を「悪」と規定し、自衛官や警察官を「国家権力の犬」と考えている。さらに日教組の教員はその子供たちに対して陰湿な「いじめ」を行っている
●いじめの対象は自衛官と警察官子弟(P207~208)

「東京都三鷹市のある小学校では、自衛隊を「人殺し」呼ばわりする教員がいたという。今から10年以上前の話であるが、ある小学二年生の男児児童は、図工の授業で身近な素材を使って工作を行うという授業を受けていた。その児童は電車や自動車、船や飛行機といった乗り物が好きだったのと、自らの父親が陸上自衛隊で戦車を乗っていたので、この男子児童は、木片や発泡スチロールを材料にして自分の尊敬する父親の乗る戦車の模型をせいさくしたという。
ところが、いきなり先生に呼び出され、「戦車は人殺しのための乗り物だ。そんなものを作っていると、君のお父さんのような人殺しになってしまうぞ」と厳しく糾弾されたのだ。自分の父親を「人殺し」呼ばわりされた児童の心中は察するに余りある。
この三鷹市の事例に限らず、日教組は昔から自衛隊を憎悪し「自衛隊は憲法違反の軍隊だ」と言い続けてきた。また、自衛隊員や警察官などのしていを意地悪くいじめていた事例は他にも数知れない。」著書より。

■ 京都府—-全教が支配する反日教育の牙城

古風な風情を漂わせる文化都市京都。その教育現場は共産党系の全日本教職員組合によって支配され、常軌を逸した偏向教育が今日もおなわれている。日教組同様、全教も教育現場を支配し、子供たちに歪んだイデオロギーを押し付ける「ガン」に他ならない。
● 「朝鮮すごろく」で朝鮮文化の優位性を刷り込む

その説明は省きます。
ここでの記述の眼目は、この体験を通して朝鮮の優位性を教える道具として使っているのです。
以下、著書の記述、(p179~180)
「さて、この朝鮮すごろくだけで話を終われば、(何故朝鮮なのかという疑問を横に置いたとして)文化体験の一環かという事で終わるかもしれいない。けれども、当然のことながら、赤い教員たちがこれで授業を終えるはずもない。
不気味なまでの朝鮮文化礼賛講座が、その後始められたのである。いかに朝鮮の文化、伝統が優れているか、日本にどれだけこの優れた文化から色々なことを学んだか、というお馴染みの嘘話が延々と続けられたというのだ。
報告者はこのたいそうな講義を聞かされた後、無意識ながらも日本人としての自身は誇りを失い欠けたと語っている。この朝鮮文化礼賛講座がどれほど偏向した教育内容であったかが推察できるだろう。彼らの軸足は完全に朝鮮んの側に置かれているのである。このような教員はもはや日本の教師と呼ぶべきではないだろう。
さらに言えば、日本はすべて大陸と半島から学んだという、未だ一部の日本人と、朝鮮、中国人から強調してやまないこの俗説は、歴史学的にみても完全に誤りであるであることがとうに証明されている。一連の朝鮮文化礼賛講義は、日本の公教育として非常に不適切な内容だと言わねばならないだけでなく、歴史の歪曲だと言わねばならないだろう。
そもそも人類が生まれながらに平等だ、国籍で人を差別してはならない、という教育方針が確固として掲げているのではないか。そうであるにまかかわらず、日本文化の劣等性と朝鮮文化優位論を堂々と説くその思考はダブルスタンダード以外のなにものでもない。」著書より。

ここまで書き終えて思い出した話。
京都か奈良?の学校では朝鮮語であいさつしなさいと指導する先生がいると耳にしたことがあります。
そして朝鮮民話を教えるとか、それよりも日本人の心性を養う、日本の民話、神話を教えるべきでしょう。
教育現場は朝鮮ではありません、日本国です。

また、取引先に京都出身者がいるのですが、京都は左翼思想が強いらしいがと話し、戦後の自虐史観で負い目を負わせるような指導なおかしいのではと論争した事があります。
彼、私との論争で、今まで受けた教育、風聞を払拭できたと後に語っています。

彼50歳は過ぎているのですが、 近現代史における占領政策がどういうものであったかも知らないままにGHQの刷り込みのまま生きている日本人が身の回りの大勢います。
このように日教組教育が蔓延っている今、「教育のガン」を除去しないといづれかは朝鮮、中国の属国になるやもしれない。

GHQの政策目的通りに、未だ進んでいる日本と感じます。
教育が国の主導で行な得ないような仕組みを残したのもGHQと理解しました。
もう一つ、国営放送でなく公共放送としたのも今となってはその意図がわかります。
そのため、NHKは国民から受信料を取りながらも偏向報道を堂々と行い洗脳し、その原因は外国人採用に拠るではと、国会に呼ばれて国としての意向を伝えても無視し、詳細な公表を拒否している。

国家権力の影響が及ばないようにした仕組みが公共放送という名の会社、子会社に外国人が入り込んでいることもその内容については公表していない。
国のためというよりは、隣国の放送局になってしまった。

最後に、数十年前クラス会で富士見小学校の恩師に日教組について尋ねた時、「自らの格を貶め、ただ金の欲しさの労働者に成下がった連中」とのご説明がありました。
その理由が次の事柄で分かりました。
日教組の方針として
1 教師は学校を職場として働く賃金労働者である。
2 団結こそ教師の最高の倫理である。
師範学校を出て聖職としての意義を教えられた先生にしてみればそう思えたのでしょう。
仰る通りと腑に落ちました。
2の言葉、組織強化の方策ではないか、全く本分とかけ離れている。

中山成彬氏が「教育のガン」言いきる理由は二つの事例でも十分理解できるが、教師の本分を忘れ、「団結こそ最高の倫理」の見当外れでは日本の学校教育が良くなるはずがない。

明治維新以降、国の発展は教育との方針で戦前まで大事にしてきた日本、
これでいいのか「ニッポン」!!!

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