『賢母』と言う詩 後藤静香(せいこう)詩集「権威」より。

この詩を読むと、なぜか心が和む。
自分の経験から、母を思い出します。

凡ての母よ
御身の子供が
御身の専有物ではないぞ
全人類のものぞ
天に返せ
彼の使命を尊重し
完全に 自由に
行くべき道を行かしめよ
爾(なんじ)の名を賢母といふ

この詩集が出版されたのが昭和21年7月25日の事、敗戦で打ちひしがれた日本人の心を励ますために!
序文「序に代えて」には次のように記されています。
当然字体は旧漢字ですが現字体で表記します。

「渇いたこころに、飢えたたましい、一掬の水となり一片のパンとなるならば、これにまさる悦びはありません。二百数十の短編、詩もあり、詩らしいものあり、単なる感想の集約もありますが、何れも著者の体験・信念・実感の現われで、特に明るい明日への希望を示し、うなだれた心を励ましを与え、若き人達に輝きの満ちた光明をの道をたどらせようとの願いから綴ったものが多数あります。多方面にご利用いただけましたら仕合せに存じます。昭和21年初夏 著者」

敗戦から1年しか経っていない時、当時の日本は食糧不足、私の父は東武東上線に乗って、沿線の農家に物々交換で手に入れたといっていました。
今にして思えば、まだ24歳の青年です。
勤め先の塗装工場が戦災で焼失、職を失い生活のため、女房、子供を食わせるためにと露天商、行商などで糧を得ていました。
あの頃の日本人の多数が、序文に書かれている状況から這い上がろうとしていた時代、たくましさを感じます。
復興を成し遂げる力強さは昨今の自然災害などから今の日本人にもうかがえます。

閑話休題、
「賢母」という名の詩ですが、戦後から私が過ごした少年時代までは、主に母親が子供の教育・躾を任されていた時代を示しています。
私など躾で偶に、物差し、蒲団たたきで叩いて戒めるのは母親でした。
母、教育では、「世のため人のため」と公に尽くすことを諭し、頑張りぬく思いは「歯をくいしばれ」、そして目的を遂げるためにはと戦国時代の武将山中鹿之助の例を挙げていました。

後に小学校の恩師に修身の教材ですかと聞いたところ、尋常小学校5年国語の教科書に載っていた「三日月の誓い」の物語と伺いました。
「我に七難八苦を与え給え・・・」、今風に言えば試練に耐えてやり遂げるのが男だろかな?
母親が尋常小学校5年生の時に習ったことを忘れずに覚えていたことに、ちと感銘すると同時の母親の気性を知る思いです。

翻って、昨今子供の虐待事件で幼子の命が失われています。
法律で親の躾に国が口を挟む時代になっていますが、なんかおかしい!?

親となる子供の教育を過去に間違えた結果でしょう。
虐待防止というならば、親に例えば極刑を課し抑止力を強め、将来親となる子供の教育・躾の見直しがあってしかるべきでは!?

小学校の先生が戦後、憂いていたマッカーサー指令「修身教育廃止」が遠因なのだから!!!

今の親たちに言いたい!」

御身の子供が

御身の専有物ではないぞ

全人類のものぞ
天に返せ

 

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