「問い合わせ」が楽しく!

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先月のことです。
川越第二工場にいる私に本社から内線電話。
塗装のことで問い合わせの電話が入っています。
応対をお願いしますと電話口から聞こえてきます。

 

お電話代わりましたと声をかけると、「ラビ塗装」「アルミ防錆処理」についてのご質問でした。
トプコンの○○ですと自己紹介がありました。

私、社名のトプコンに強い関心が湧きながらの応対でした。
「ラビ塗装」の説明に困惑(スエード調、ビロード等の言葉が出なかったため)したのですが分かって頂けたようで、アルミの防錆処理については化粧で言えばファンデーションにあたり塗膜がしっかりと乗るようにするためのものと説明したのです。

 

そこでトプコンと言えば東京光学ですねと切り出し当社のルーツを説明したのです。
オヤジである先代の社長の叔父が昭和初期、池袋で塗装工場を起こしその会社と取引があった話をしたのです。カメラ、双眼鏡等を塗装していましたと。

※参考資料 東京光学製の双眼鏡

オヤジがパテをしたであろう双眼鏡かもしれません。このような資料がすぐに入手できるのもIT社会のお陰。

○○さんから、前は会社が池袋にありましたと返事があり、裏付けが取れた形になりました。
東京光学、その頃は陸軍関連の仕事で光学機器の製造をしており、親父の叔父はそこから仕事をもらい忙しく働いたそうです。

 

80半ばを超える叔母から聞いたことですが、毎日12時過ぎまで働いていたそうです。戦前、軍需産業が忙しかった時代です。注文が大層多くあったのでしょう。
親父はその工場で「パテ職人」として働いていましたが、当然のことながら「へら」は手作りで晩年になってもタンバでヘラを作らしたらとても上手でした。
オヤジは叔父の工場で塗装技術を覚え、それで昭和35年に塗装工場を起こしたのです。

 

○○さんと電話では、当時の世相を交え軍国日本と呼ばれた時代、中国等に脅されるようなヤワな国ではなかったなどと話すと、楽しげな笑いが返ってきました。
今は本社が蓮沼にありますと教えてくれました。
電話での会話でしたが、80年前に東京光学に関わってたいことのご縁でそれは楽しくお話ができました。
陸軍御用達が東京光学、海軍御用達が日本光学とのお話をしたらご存知でした。
そんなことも楽しくさせた一因でしょう。

 

ネットで確認したら創立が1932年、80年前です。
昭和7年の頃、叔父が創業したのが昭和初期と聞いて言いましたから取引があったのでしょう。
オヤジ大正11年生まれ、存命であれば90歳、叔父の工場に勤めるのが尋常小学校高等科出てからですから、昭和10、1年頃の入社になりますか。
その頃には東京光学の注文で忙しかったことでしょう。
年季奉公明けが確か20歳、その時の記念写真を見たことがありますが何処へ行ったか?
トプコンとは80年前からの関わりがあったことから、○○さんには塗装のご用命がありましたら当社へと告げて応対は終了、そんな昔の話ができたからこそ楽しさもあったのでしょう。

参考資料その2

当社は昭和35年創業で、板橋区前野町に工場がありました。

このブログで創業の経緯を書きましたが、何故板橋なのかという事がこの資料で良く理解できます。

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