WBC選抜選手の一人、陛下に対し「腕を組み」「ガムをかむ」!

3月8日(日)WBC 日本対豪州対決の試合は天覧試合となりました。
私の記憶にあるのが、昭和天皇陛下が後楽園球場で野球をご覧になった場面をテレビで見たことでした。
1959年(昭和34年)6月25日木曜日)、後楽園球場読売ジャイアンツ(巨人)対大阪タイガース(阪神)第11回戦が19時00分から天覧試合として催された。昭和天皇と香淳皇后が後楽園球場のバックネット裏貴賓席に来場。」ネット記事より。
長島選手のサヨナラホームランで巨人が勝利しました。劇的な勝利と言われ今でも語り草になっています。
今回の東京ドームで行われた日本対豪州戦は‥‥
「 天皇ご一家が観戦された野球の国際試合では実に60年ぶりの「天覧試合」としても行われ、日本代表「侍ジャパン」がオーストラリアとの全勝対決を逆転で制して3連勝。1次リーグC組の首位突破が決まった。準々決勝ではD組の2位チームと対戦する。」ネット記事より。

天覧試合でホームランを決めたのは吉田正尚選手です。
このホームランも語り継がれることでしょう。
オチまでついていました。長島選手がホームランを打った時刻が9:10PM同じと、因縁めいたものを感じます。

天皇陛下御一家が退席されるの吉田選手の振舞いが礼儀にかなっているとSNSで評判を得るのです。

観客に向かい、そして天皇ご一家に深々と頭を下げたのです。それに反して。村上宗隆選手の態度が批判を浴びる結果に。
腕を組み、ガムを噛んでいる姿が映像に映り込んだのです。
その動画がこれです。

村上選手、野球部で目上に対する礼儀は学んでいるはずですが、天皇陛下並びにご一家への敬いが態度に出ていません。
礼儀作法を知らない。ある意味人としての品格を問われてしまう事柄です。

戦前と違い皇室への敬いを戦後は躾けなくなり、このようは若い人も出てくるでしょう。

小学校の同級生の家では皇室の映像をテレビで見る時、正座するようにしつけられた話を聞いています。
私の皇室への関心は、そばに宮城があり身近に感じる環境がありました。
住んでた家は千代田区飯田町、目白通りに面していました。
戦後ですから天皇陛下が目白通りをお通りになる際には沿道でお迎えをするようなことはしていませんでしたが、町内にお触れが出て何時ごろお通りと知らされていました。
多分幼稚園生の頃と思います。
時刻を見計らって歩道で一人で立っていた私をみて陛下は手を挙げて挨拶してくれました。
ごれは一生忘れられない思い出となり、皇室文化に目を向けさせることなりました。

母が言うには家に売りに来た写真との事。
昭和20年代半ばと思われます。
写真左から4人目が上皇陛下

亡くなった義理の叔母(鹿児島師範学校出身)が言ってましたが、ヨーロッパでも王室のある国は安定しているといった言葉が思い出されます。

国としてまとまる中心にその存在よい国となる意味で教えてくれたのでしょう。

日本国では3000年の歴史の柱に皇室があり、農業国としての祭りごとを宮中行事で行い、国民の代わりに五穀豊穣、国の安寧の祭事を司っている、それが皇室存在の意義であり、大切に思う心が敬愛となって育まれるし事が中心となり纏まるということでしょう。

それをアメリカはヒットラーやムッソリーニと同じ独裁国家と見間違えたのがたかだか200年ちょとの歴史しか持たないアメリカ占領軍の見当違いなのです。

東京裁判で日本を悪と裁き、占領政策で日本人を洗脳し、それが解けないままに80年、これに乗じて日本の伝統文化・制度を壊そうと企む似非日本人が存在することに気づかなけらばなりません。

 

 

 

 

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