第21回東京奄美サンシン会発表会

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来る10月21日(土)、南大塚ホールにて午後12時より開催。

年々生徒数も増え、発表会参加者も多くなりました。

会主本田輝峰の会設立の趣旨が「多くの人に奄美民謡、並びに奄美文化を知って貰う」からだそうです。

先生、幼少の頃より、生活の場で毎日のように、奄美民謡を聞ける環境にあったそうです。

父親は唄者で蛇皮線は勿論の事、アコーディオン、ハーモニカなど楽器をこなし、母親も唄者として認められるほどの腕前、今では伝説の人となった中山音女と「唄あしび」を通して交流もあったそうです。弟さんは尺八をこなす、まさに音楽一家と言えるでしょう。

先生は、物心ついた時から聞いていたので島唄が身に染み付いていると言います。

その後家庭を持ちながらも、いろいろと習い事をなさったようで、その中に詩吟もやっていたとか。

また島唄の特徴として、先生は島唄半学という言葉を用いて、教訓としての意義もあるとも語っていました。

「塩道長浜節」などは策略に気をつけなさいとの意味も含んでいます。

そして、朝崎郁恵先生の師事したのが昭和50年代半ば、そして会の教本にもなっている「奄美島唄」の編者広瀬輝夫氏の出会いから昭和63年の頃「東京奄美サンシン会の設立」に至ったようです。

広瀬輝夫氏、この本のあとがきに採譜する苦労と、困難さそれは、

「・・・北大島の「カサンブシ」と南大島方面の「ヒギャブシ」に大別され、同じ曲目でも唄い方と伴奏は大変異なったものが多く、地域によりその中間的なものも当然存在し、更には唄者個々の個性が加わり一層多様化しています。・・・」と語っています。

 

広瀬氏が採譜活動する中、その切っ掛けで会主は石原先生とも知り合いとなり交流に繋がり、度々会に訪れる様になっています。

広瀬氏の尽力による、この教本のお蔭で、口承のみで伝えられていた奄美民謡もとても習い易くなったのではないでしょうか!?

実際この教本で、弦楽器などの弾ける技能を持っている人は、すぐにでも伴奏は出来るくらいになります。

昨今、奄美に関心を持つ方が増え、そして奄美民謡が電波にのって紹介される機会が増えた事により、

関心が高まっていることは間違いないようですね。

是非、島唄を聞きに来てください。

 

 

 

 

 

 

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