9月23日 産経新聞 正論に「熊の跳梁を許す現代的手法の誤り」と題して軍事評論家の兵頭 二十八氏の論文が載っていた。連日テレビニュースで熊の市街地の出没が報じられる中、関心が高まっていたので記事が目に留まった。
近代以前、人里に熊が出てこなかった理由を冒頭次のように記していた。
ここの記述には、近代以前の村人が野獣に対しどのように接していたが書かれている。
「村一丸の害意や<殺気>を明瞭に感じ取り、おのずと里への近接を忌避するように習慣付けられていたのであろう」とあります。
昔から比べると現代人は自然の中に営みの実感が希薄になってしまい、人里に近寄っては危ないと<害意・殺気>放つを対応を忘れた。
近代以前共存できていた理由を忘れ、動物愛護へ意識の高まりが、熊の駆除に対し地方自治体へのクレームが多くなり被害に遭っている地方自治体がその対応に苦慮している。
秋田県ではこんなこともありました。
「秋田県の佐竹敬久知事は17日の県議会予算特別委員会で、クマの駆除に対する苦情の電話について「私に電話が来たら『そんなに心配ならクマを送る』と言う」と述べた。自民党の高橋豪氏への答弁。
知事は「私にもし(苦情の電話が)来たら、完全に相手を威嚇する。お前のところに今(クマを)送るから住所を送れと。そんなに心配だったらお宅に送りますと。すると相手は(電話を)切るだろう」「話して分からない人にはあまりお付き合いする必要はない」と述べた。」ネット記事より。
都市化が進み自然と隣合わせの意識が薄くなってしまった結果がこんな現象を生み出したのでしょう。
ペットブームが昭和40年代頃から高まり、動物が家族の一部と思うことが影響しているのでは。
昨今ここにきて人への危険度が増してくる中、自治体は対応に苦慮している。
兵頭氏は次のように正論の中で提言している。
冒頭の記述、「村一丸の害意、殺気が感じられる」ような体制つくりと薦めている。要は野獣たちに踏み入れてはならない場所と教える必要があると言っています。「即座に捕殺することができるよう法令の整備が実現すること」と提言している。
この継続が野獣たちに警戒心を植え付けることになる。
結論として、次のように記述している。
この記述から、近代以前の人達が知見から学んだ価値観を顧みず、その意義を吟味せず新しい価値観を構築してきたツケが舐められる結果となっているとなったのでしょう。
翻って、時代の進歩と生まれてきた価値観、
動物愛護、人権問題、多文化共生、ジェンダーフリー、ハラスメント等の価値観が現代にたくさんの矛盾を生みだしている。
先人たちが残した知見を見直す時期が来ているのではないか。
一つの例としてEU、日本もそうですが移民問題、特にイスラム教徒等宗教習慣を堅持しその国の慣習を無視する移民たち。
イタリヤではメローニ政権下モスクを規制、日本では土葬問題等。
「郷に入れば郷に従え」
明治期南米、北米に移民した日本人が受け入れたのはこの諺の意味を理解していたからでしょう。
イスラム教徒の移民たち一神教の影響で自我が強く自分たちの慣習を通そうとすることにより軋轢が日本で起こっている。






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