しゅみち長浜に わらべ泣きしゅしや
うりや誰かゅい ケサマツあせ肌ゆい
しゅみち長浜に 馬ちなぢおけば
いきゃだるさあても うりや取て乗るな
塩道長浜に童泣きするのは、ケサマツの美貌に迷うて命をすてた
我が子の浮かばれぬ魂の鳴き声である、との意で語を省略しているので一寸わかりにくいとところがある。次に塩道長浜に繋いである馬には、いくら疲れて乗りたくても乗ってはならない、我が子の怨魂がついているぞ――の意。
名馬の産地喜界島は早町村塩道字の一百姓娘に名をケサマツという界隈切っての美人があった、ところが此の娘年頃になってもどうしても男を近づけない、
村の若い者はいよいよ躍起となって我こそは恋の勝利者たらんと凡ゆる秘策を講じてケサマツに働きかけたが何れも尻目にもかけられなかった。そしてケサマツ自身は毎日、毎日塩道長浜の牧場に繋いだ愛馬を曳きだしてはマメマメしく田畑の仕事にいそしむ許りで、斯ういった恋の競争場裡に超然として明け暮れしていた。
遂に青年たちは誰一人ケサマツの愛を獲得するものなく空しく失恋の亡者としてその骸をケサマツの周囲に曝すのみであった。茲にケサマツの美貌に身も世もあらぬ思いで最後まで非常な熱情を傾けて恋の斗いを続けた青年があった、彼は正直でそして一徹な性質を持ちすべてに真剣であった。青年は或朝塩道長浜に彼女をしのんで待ち伏せていた、そしてケサマツがいつもの如く牧場にやってきて愛馬に頬ずりしている後ろから突然姿を現してその悶々の情を訴え結婚を迫った、それは死を賭しての真剣さであった。
ケサマツは困惑した、然しこれ程の迫力を以て恋を訴えられた経験は始めてであった。ケサマツも今は最後と青年の要求に応じ、結婚を約し身を許すことになった。まだ朝日は上がらない、長い長い白浜の裾では眠りからさめきらないような太平洋のさざ波が静かに夜明けの楽を奏している、朝もやの中にあたりには人影一つない、シンとした原始のような静寂の中に二人の男女が馬と共に放たれているのみである。
青年は激しい心臓の鼓動を押さえながらヂッと女の手を握った、女の眼には涙が宿っていた、やがて青年は「馬が逃げてはいけませんから――」との女の言葉のままに、馬の口綱の端を自分の足に結びつけて二人は横になった。瞬間女は手にせる雨傘をパッ開いて立ち上がった、馬はびっくりして一散に走り出した、見る見る青年は暴れ狂う馬に引きづり廻されて無残な横死を遂げたのであった。
その後塩道長浜では夜な夜な赤子の泣き声が聞かれた、それは誰であろう、ケサマツの美しい汗肌故に迷うて死んだ我が子の浮かばれぬ魂の泣き声である――と青年の父親が嘆いた、それが第一節の歌の意味である。
そして更に、塩道長浜に繋がれている馬にはどんなに疲れていても乗ってはならない――というのも先に叙べた通り、塩道長浜には恨みを呑んだ我が子の念が残っているからである。島の人々は女を呪うよりは、青年の意久地なさと馬鹿正直を嗤った、今でも「かなしねなん馬ちながれぬ」という俚諺があるのは此処から出たものである。他人の謀略に乗り易い人を諷したものである。
文 英吉著
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