かなり以前から、名前に意味不明な漢字を当てたり、昔「悪魔」なる名前を付けた親が出てきたりして、名前にDQNネーム、きらきらネームと呼ばれるような、命名にへんてこりんな現象が起こっています。
ネットで調べるとこんな名前が!!!
- 振門体(ふるもんてぃ)
- 嘉緒翠(かおす)
- 芽凸(がこ)
- 芯次威(しんでぃー)
- 萌羅等南(もららな)
- 陽(ぴん)
- 京桜靖(きょおせい)
- ビス湖(びすこ)
- 大描夢(ひがむ)
- 赤苺(にゅうい)
- 美波瑠璃(びばるり)
- 羅似(きらい)
- 美々魅(みみみ)
- 愛保(らぶほ)
- とっぽ(とっぽ)
- 束生夏(ばなな)
- 星影夢(ぽえむ)
- 神生理(かおり)
- 陽夏照(ひげき)
- 空々(くうそ)
- 流墨愛(るぴあ)
- 姫奈(ぴいな)
- 奇跡(だいや)
- おかし子(おかしこ)
- 雅龍(がある)
- 美依羅(みいら)
- 新愛(にゅら)
- 炎皇斗(かおす)
- 愛ん(あみん)
親の顔を見てみたい。
最近知った名前で「光宙(ぴかちゅう)」これだとユーモアを感じるが付けられた子供、可哀想。
戦後生まれ(昭和21年生)の私にはとても理解不能な命名です。
私の親父、私を命名する際、姓名判断の先生に依頼し、私の記憶では当時で¥3000払ったと言っていました。
親父はすでに居ないので、確かめられませんが。
ただ言えることは、親父はいい名前を付けたいと思ったのでしょう。
感謝しています。
「恒暉(つねあき)」と読ませます。
漢字の訓で読み下ろすと「恒にかがやく」と読めて、素敵な名前と思っています。
学校の先生、大人でも、つねてる、こうき、つねき、と読み、つねあきと読まれることはなかったです。
この名前のせいで、漢字には興味を持つ子供となり、現在に至っています。
だからこそ、DQNネーム、きらきらネームと言われる類の名前を見ると、命名を疎かにしていると感じてしまうのです。
死ぬまで使う名前、親もいい子に育ってほしい、よい人生であってほしいとの願いを込めて名付ける命名の儀式なのです。
名付けには時代時代の特徴があるようですが、今日ほど命名の意義を忘れた時代はないのでは?
このブログを書く気になった切っ掛けは取引先に出向いて名刺交換したことからでした。
自分の名前の影響もあり、読みづらい名前などは何と読むのかと思いが起こる性質(たち)です。
年齢は30歳くらいの男性、名刺交換すると××拓椰とあり、たくやと読むと読めたといって驚いたようです。
私が命名の意義を尋ねると説明できず、親から聞いていないようです。
読み砕いて意味を考えると「椰子の椰を使って拓くを使っていることから、椰子の農園を拓くと読める」と教えてあげました。
しかし、おそらく親は、音韻、響きの良さで決めたのだと思います。
これと同じ使い方でよく見かける女性の名前があります。
「麻耶 亜耶」この名前、年寄りの私にとっては気になって仕方のない名前なのです。
「耶」この漢字が問題なのです。
「耶」の字義、「爺(ちち)」♂を意味する漢字、そして「邪」※よこしまなという意味もあります。
※正しくない事。道にはずれていること。またそのさま・・・いい意味ではない漢字。
他に 耶嬢と書いて「父親と母親」「邪」と同じとあり女性の名前には不向きです。
年寄りの私は「見るたび」「聞くたび」女性に使う漢字ではないと思ってしまう。
音韻、響きから意味なく決めたのでしょう。こんな名前が使われ始めた頃からDQNネームの萌芽があったのでは!?
はたまた、この現象、ジェンダーフリー、フェミニズムの影響かな?
はたまた男女平等???
この名付け方は、私はとてもおかしいと思っているのです。
朝のミーティングでも、こんな風潮は良くない、命名はもっと大事にしなければと訓戒したのですが、
「耶」の字義を初めて知ったという者ばかり、高校生の頃、教師が言った言葉、今の若者は漢字を知らないと言ってた事を思いだし、今さらながら「漢字力の劣化」を感じる経験となりました。
2007年に出版された「この国の品質」著者 佐野眞一の「日本の、日本人の劣化は止まらない!?」のサブタイトルを思い出させる。
「品質」という言葉を用いたいのは、嫌味なようです。昨今、日本には品性、品格などと云う字はあたらないという意味で!
全ての面で「芯」「軸」が無くなっていると感じるこの頃です。
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