“ヘーシンクを育てた男”–道上 伯–

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以前ブログで「フランス柔道の父、川石酒造之介」について記述しましたが、今回は柔道家”道上 伯氏”を取り上げてみます。

この方を知った切っ掛けは「ヘーシンク」検索で。

そして題名通りの本が出版されていることを知り古本を購入し読んだのですが、これがまた興味深い事柄が書かれており、それに惹き付けられながら読みました。

川石酒造之助氏同様、日本ではほとんど柔道家と知られていませんが、ヨーロッパでは柔道の普及に努め向こうでは有名な柔道家のようです。

何故、日本では有名でないかと言うと、酒造之助氏同様大日本武徳会の出身。

大日本武徳会と講道館との関わりが影響しているようです。

戦前では、伝統的な武術、武道の振興目的で国の方針で武徳会は運営され講道館は民間の団体と位置付けられていました。

ですから格でいえば上の組織。

本部は京都にあり、今でも御殿作りの立派な建物があるそうです。

柔道は武徳会(武道専門学校の出身)、講道館と勢力は二分され競争し合っていたようです。

そのような事実を知ると、講道館出身ではない川石、道上両氏、戦後占領政策の方針で講道館が主流になりその体制の中に埋もれてしまい顧みられなくなったようです。

しかし戦後間もない頃は、柔道界ではまだまだ有名な存在だったのでしょう。

ヨーロッパで指導して欲しいと要請があり、ヨーロッパでは普及させる過程でその強さが評判となるのです。

 

そのあたりの経緯を本から引用して説明します。

「その頃、フランス柔道界の実質的な指導者は川石酒造之助だった。・・・中略・・・この頃、柔道人気はフランスだけでなく全ヨーロッパを覆っていた。昭和二十六年(1951)には、イギリス、イタリア、西ドイツ、スイス、オーストリア、オランダ、ベルギーそれにフランスの計八ヶ国が参加して第一回ヨーロッパ柔道選手権大会が開かれるまでになっていた。・・・中略・・・自身はすでに四十歳になっており、海外で柔道家として活動するのには、気力体力を考えると最後のチャンスからもしれない、という思いが道上あった。そして、お茶や生け花のように講道館が「家元」化し、柔道がどんどんスポーツ化していく日本の柔道界の状況も、道上の心を海外に向けさせた。・・・・・・・」

 

太字の記述、本から見えてくるものに戦後の占領政策の中で、講道館だけが容認され大日本武徳会(武道専門学校)が潰されます。

理由は、この会のメンバーに名だたる各界の指導者が名を連ねているので「公職追放」に適したものと占領軍が判断したためとありました。

道上にとっては、それ(講道館だけが容認された)が不満でもあり講道館との確執もあって海外へ目を向けさせたのです。

武専出身のプライドも影響しているのではないでしょうか。

 

昭和二十八年七月、トノン・レ・バン市の講習会後に有段者会会長ジャザランの質問に答えた言葉が彼に大いなる感動を与えます。

「柔道の最終的な目的は、心技体の錬成を通じて、立派な人間になろうと努力することである。身体を鍛え強くなろうとすれば、技術の錬成は欠かせない。技術を身に付けようとすれば、苦しさを耐えて練習を積み重ねなければならない。苦しみに耐えてそれを続ければ精神力も強くする。このように心と体と技を同時に鍛錬するのが、柔道というものだ。柔道は人間形成そのものなのだ。」

この言葉自身が柔道の修業を通して学んだこと、だからこそ言葉にも重みが備わったと思います。

 

ジャザラン氏この「心技体」にいたく感動し、事あるごとに吹聴して回ったものですからこのこの考えがフランス柔道家に普及したとあります。

この精神は本当にフランス柔道界に浸透したようです。

元フランスナショナルチームのメンバーで柔道6段、現在ボルドー大学スポーツ学部の教授がフランスの柔道史を著した本「柔道 その歴史と成功」にも書かれていました。

“フランス柔道の父 川石酒造之助”のブログ文末に記してあります。

柔道の言葉を合気道に置き換えても全く当てはまります。

母校の合気道部、現在は週3回の稽古、先輩で部の顧問が言った言葉「今の部員稽古で汗をかかない」。

これを聞いた時、一種の寂しさと、武道に対しての考え方が変質したと悟りました。

私の経験ですが、稽古で苦しさ、痛さと向き合ってこそ鍛錬になるのにそれがなければ武術、武道のクラブ活動としての意味がないと。

 

道上 伯氏四十歳で渡欧し、その実力、強さを遺憾なく 発揮した実例として10人掛けの記述を紹介します。

それはパリのクーベルタン記念体育館で「道上来仏歓迎柔道大会」で実証します。

「・・・相手は現時点でのフランス最強の十人だった。無様に負ければ、指導者はおろかその場から日本に帰らなければならない。しかし、道上は満員の観客が息を呑んで見守る中、わずか五分三十秒でこの十人を倒して見せたのである。道上が十人を倒し終わると、会場は観客のスタンディングオベーションが長く続き、歓声と拍手が鳴りやまなかった。・・・」

戦前の柔道家、本当に強いと感じ入りました。

この本には興味深い事柄がたくさん書かれていますので、また紹介したいと思っています。

道上の占領軍の仕打ちに強い反感と憤りを感じた件(くだり)も私には占領政策の意図を再確認させるものでした。

参考文献

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