久しぶりの再会

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9月28日、理工出版社の取材を受け本社工場を案内していると、記者が塗装設備に張られてるネームプレートを見てこの会社を知っているという。
業界としてはそう広くないので、こういうことも起こりうるかなと思いました。
一通りの取材を受けてから、打合せとなり話し合いをする中、その会社の社長さん(これ以降T氏と記述)との経緯を話していると、記者がいまは、T氏の息子さんが新たに新会社を設立していますとの事。また雑誌『塗装技術』のスポンサーになっていますと説明がありました。
それを聞き、ほっとした心持になりました。
何故かといえば、バブル崩壊後その塗装設備会社は倒産したと聞き及んでいました。それ以来、T氏とは音信不通となって、どうしているのかなと思っていたからです。
その頃バブル景気の反動が出ていた状況下、当社の所沢、川越第二工場の設備をした会社が倒産しているし、そこも倒産と知った時、驚きを感じました。
バブル景気後の景況悪化の凄まじさを再認識もしました。当社仕入先の塗料販売会社も2軒倒産しています。
今振り返れば、その最中、会社を”よく維持できた”な感じます。
T氏との出会いは、昭和56年頃と記憶しています。当時埼玉県新座市に工場を持っていましたが、今後の展開を考えると、よりよい塗装工場を作らなければと考えていた私は計画を練り2社ほど設備会社と打合せをしていたのですが、私の考えと同じ価値観を持ったT氏の会社に設備を依頼したことが始まりでした。
当方の計画を話し打合せをした結果、
塗装設備の基本方針は、
前処理ラインの充実
多品種少ロット対応の塗装ライン
防塵対策
静電塗装ラインの設置
でした。
T氏と話し合いをして、特に重視したのが下処理技術の面でした。
それ以来、設備改良をおこないつつ紆余曲折を経て現在に至りましたが、会う機会が途絶えていたので、息子さんが経営している会社の電話番号を教えてもらい電話をし連絡を呉れるようお願いしました。
後日、T氏から電話があり、早速会う約束をしました。いま風邪を引いているので回復しだい会いましょうということでした。
約束場所12時、新浦安駅で会いました。
T氏は高齢にもかかわらず、相変わらず服装センスがよく若々しい服装で来ていました。それを見て元気おられることがわかり安心しました。
昼食を摂りながらの久しぶりの再会となり、今までの空白を埋めるようにいろいろと話が出ました。
当社の設備をしてから以降、上場会社との取引が増えて会社は順調に業績を伸ばしていたそうです。
その頃、手がけた塗装設備の資料も持ってきており、粉体塗装ラインの説明を受けました。
某ポンプメーカー、某フォークリフトメーカー、某コイルメーカーに設置した乾燥炉の性能がよく2時間から3時間かっていた乾燥時間を短縮し数十分で乾燥できるものと自慢していました。
海外にも出て、塗装設備をしたそうです。
メーカーなどは塗装技術を詳しく知る人がいない場合が多く、塗装ライン立ち上げ時、適切な助言、アドバイスなど高評価を受けたそうです。
もともと、何件も実用新案を取るほどの研究家でしたので、その創意工夫の取り組みの話など興味を持って聞きました。
私もそういう面が好感を持てた理由です。
今は隠居していますが、塗装の話になるとT氏、私も夢中になって話し合いをしました。
その後、経営、社会情勢、国、経済、教育などに話が及び、時間を忘れて話し合いをしました。場所もお店3軒を変えながらです。
時計を見ると、午後九時を指していました。
9時間も話していたことになります。また会うことをお約束して別れました。
その後、メールにてお礼を申し上げたところ、次のように返信がありました。
『先日は久しぶりに情熱的で又楽しいお話の一日を有難う御座いました。
時間を忘れて九時間もお話出来たのは、余りにも境遇が似ており又経営、国家、政治
等にに対する考えかたに共通する点が大きかった・・・・・・・・』
このメールを読んだとき、なんとなく豊かな気持ちになりました。
T氏とは17歳離れていますが、考えた方、境遇がにていることで同志のようにおもえたからです。
今後も会って、T氏の持っている塗装知識、人生経験を勉強させて頂きたいと思います。
何故なら、先輩達の経験、知識を伝承するのも後輩の役目と感じるからです。

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