尚武の気風(その1)

昨年10月から、居合の稽古を16、7年振りに再開して7ヶ月が過ぎました。
平成2年頃から16年の間、合気道居合と共に稽古に励んで、合気剣術の理解を深めようと剣の操法を学んでいました。
再開して気付いた事、当時の違ってSNSの発展が目覚ましくYouTubeなどで居合の刀法の情報が簡単に得ることが出来る環境になっていました。

名だたる名人の模範演武が観られるのです。
参考にとYouTubeを見ると、驚いたことに大勢の外国人が動画をアップしているのです。
自分の道場らしき場所で演武をしている動画などが目につき、その普及の広がりに感じ入ったのです。
同様に、私が合気道を始めた昭和40年頃は日本でもさほど知られていなかったのが今では外国人が合気道を指導している動画を目にするのです。

なぜこれほどまでに海外に日本の武道が普及したのでしょうか?
外国人には表題で書いた「尚武」の心性を大事に思うのでしょうか?
尚武=武道・武勇を重んじること。
私が思うに、外国人は戦後の日本人と違い尚武を軽んじることが無く、個人主義の考え方から身を守る、国防の大切さを理解しているのでは。
特にヨーロッパ大陸は歴史的につい最近まで領土の取り合いをしていた場所、そこに住んでいた人々は「守る」大切さをひしひしと感じ取っているのでしょう。
更に、日本が長きに育んだ武道、武術にある精神修養の効果「人格向上」に適していると理解したのでしょう。

この本にも書かれている事ですが、簡潔に言えば、
殺傷の技術であった剣の操法が、鉄砲の出現により戦場で個人の働きはあまり効果が無く期待されないようになり、西洋では刀術は廃れましたが、日本では剣法の道、兵法道として発展させました。
そこに外国人が惹かれるのでしょう。
居合の普及状態を見ると、彼らは自身を「サムライ」のイメージとダブらせているのでしょう。
合気道もそうですが、居合もまた道着は袴を付けます。
それが一層そんな気分にさせている?

最後に40代~60代の5,6人男性に「尚武」と聞くと「菖蒲」「勝負」が返ってきますが、「尚武」の言葉も知らず、意味も理解不能。
戦前までは男として「尚武の気風」の意義を知っていました。
戦後の平和教育の所為で「尚武」は死語となりつつあるようです。

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